去人たち開発ブログ

同人サークルK2Ceeが去人たち開発についての記事を掲載してきます!

フリー と シェア

Webで日記を書く行為はなかなか長続きしない。
誰か読んでいるとちょっと不安になる。

だから、定期的にどっかへ逃走を図るのだが、今考えてみると
その逃走する度に日記のログをなくす。
バックアップを取れるモノはとるのだが、それもなくしてしまう。

非公開の日記もあるんだが、本当に日記に書くべし、と思うことしか書かないため、
3ヶ月に一回ぐらいだ。
そっちの日記はなんとなく、大切な気がする。


基本的に、わたしの日記には誰もつっこまないし、そんなに興味ももたないと思う。
ゲーム論っていうのは、けっこう参考になるサイトもあるし、そこをみたほうがいくらでもためになる。ゲームはどうして作るのか? ユーザはゲーム仲介して何を求めているのか。
その資本主義的思想はなんとなく落ち着けるし、一筋の光明とすら思える。
意欲ある人ほど、そういうコミュニティーをぶったぎるキーワード、理論を求めるし、何より実践的だ。


わたしはそういうのにはファジーだから、あんまり気にしない。
確率論的可能性もほどほどにしか見ていないし、無理にがんばることもしない。
都会に住んでいると、みんな必死だからまるで自分まで追いつめられている気がしてくるが、そういった錯覚に巻き込まれないよう自分は自分のスタイルで、メリハリをつけてやるだけだ。


去人の開発メンバーなんかは、なんもいわないのだが、どうしてわたしがそんなオゼゼを払ってフリーゲームを作っているのか気になっているんやないかと思っている。
楽しいことに、お金払う。遊園地でオゼゼ払うのと同じことだと思っている。
自分が楽しみたいと思うことに、オゼゼが必要ならそんなに気にならない。
刹那的快楽なんかは、度をいきすぎなければ、ぜんぜんオッケーだと思っているので、そういう楽しみは全然きにならない。
企業から見れば、とんだあまったれだと思わんでもないが、それは見当違いなのだ。
いいものを作れる、良いものを作りたい。
結果のモノを飯のタネにしないからって、甘いとか、手を抜いてるとか思う人もいるのかもしれない。
成果物の結果を飯のタネにしてりゃ、そりゃ死活問題だから、手を抜くことなんてできない。だから手を抜いていない、なんていう考えがあるのかもしれない。
フリーの作品とシェアの作品がどちらが強いのか?


一体、何を根拠に強いのか弱いのかはかなり難しい。フリーとシェアではまず市場、というステージが不相応である。
たとえば、MicroSoft Windows VS TRON
工業用と銘打つのは正しいかどうかわからないが、TRONだってその数はWindowsに負けていないと思う。
TRON OS はLEGOマインドストームにだって搭載可能だ。
WindowsTRONどっちが強いかなんて誰にも決められない。
フリー作品とシェア作品がどっちが強いかだって、スケールは小さいけど本質的には似ている。
貨幣というのは、象徴でありながら具体的意味をある、厄介な対象である。