去人たち開発ブログ

同人サークルK2Ceeが去人たち開発についての記事を掲載してきます!

乱読涜書の〜と

夏休みが終わった。
なんとも、忙しいような、だらけた夏休みだったと思う。
途中で、休んでいることに気が気でなくなった。
IMが五年間休暇らしい休暇をとっていなかったことを知ったからだ。
わたしは、土日は会社はおやすしゅみ。
土日は自分の作業をやる。
でも、これでも休みは休みだ。

するとわたしは年間100日以上はもちろん休む。
わたしは4年もすると、IMから実質1年以上遅れることになる。
これが60年もすると、25年も遅れるのだ...(´ω`)


「あたし、大きくなったらおにいちゃんより、年上になるのっ!」
と意気込む小学2年生妹の寓話は、頭の悪い妹をほんのり温かい気持ちで見守ってあげましょう、っていうことではなくて、
堕落したおにいちゃんはもっとがんばれ!
と言っているのだ。
あるいは、25歳の時に子供を儲けパパになったいいが、生まれたのがIMみたいなとんでもないもので、死ぬときには息子のほうが年上だった! ということもあるのだ。
これが、タイムマシンのトリックである。
もちろん、このとき、母親となんか微妙な関係になってしまい、自分がうまれなくなる…という定番も実行することになる(とかならないとか)。


とにかく、365日24時間コンビニな社長であるIMは、60年後実質的な社会年齢で25年先をいくことになる。
幼稚園からマイコンキチガイだった、IMだけにそのビハインドは広がる一方だ(そもそも、象と蚊ぐらいかけはなれている)。天才なのである。わたしはどうしてもIMが「天才だから、休みなんてなくても仕事ができる」とは思えない。同じく、天才だから天才プログラマだ、とも思えていないところがある。わたしのいいかたは、ちょっとわかりにくいが、「まずそこに天才ありき」は転倒していると思うわけである。これ以上、なんかいうと、怖いのでこのへんでやめとく。とにかく、クレッチマー先生では、IMをぶったぎることはできない。
IMは筒井康隆全集を大学の夏休みで読破したが、これも一歩遅れている。
なにせ、わたしが大学の生協で全集をまるごと購入しようとて、新潮社に問い合わせてもらったら、20巻だけならあると…切ない通告をされた。もう、そのくらい時代遅れなのだ、わたしは。
しかたなくフロイド著作集に手を伸ばしてしまう。
こっちはべらぼうに高いと思ったものだ。

IMがノルウェーの森、世界の終わりとハードボイルドワンダーランド、ねじまき鳥クロニクルを読んでいる頃には、わたしはきっと信ぜざるものコブナントなんかのんびりよんでいたに違いない。(鼠三部作だって読んだのは大分あとだ)
そもそも、ツラトゥストラはかく語りきを小六で読むとは何事であろうか。
デイヴィット・コパフィールドくんだって、そのころはアラビアンナイトを読んでいたのに。最近のお子様は早熟だから千夜一夜物語ぐらいで、どきどきしたりはしないのだろうけどな。


でも、本はそのぐらいの、時間がたっぷりあるときに、暇をもてあましながら読むのが一番である。行きと帰りの通勤電車で本を読むけど、なんだか自分でも必死になっているのがわかるのである。何かを読み取ろうとしているし、何か見出そうと思っているようだ。わたしは本をのらりくらりと読む習性だし、意味なんて気にしない。主題なんてその要請がない限り求めもしないのに。「平等にただよう注意」みたいなものかな?


そういや、私昔は本なんてほとんど読まなかったから、カラマーゾフの兄弟とフロイドの「親殺し」にいたっては、わたしは読む順序が逆転した。世界文学全集を読まずに育った子は、準拠枠すら分からないという、マイナスのスタートなのだぁ。
本を読んでいる方が、強いなんていう考えはもう、一世紀も前に死んでしまった。本なんか読んでいられないほど、せせこましい世の中である。
わたしは、本は好きだし、本を読んでいれば、聾唖者になって森の奥に引っ込んでもいいかなって思う。本にはその情報の質や流れに未確定要素があって、一冊の本に接ぎ木されるテクストを再帰的にたどっていったらどこにたどり着くのだろう、という冒険心をかきたててくれる。まあ、そんな風にシリトリをしながら、本を読んでいった結果、今、ここにわたしは立っている、というのを思えば、はっきりいって自分でも想像できなかった。だから、これから先も想像できないことに出会うだろうと思えてきて、毎回表紙をひらくたびに夢心地だ。
たとえば、繋がりの一つ。
知っている人は知っているだろうけど、筒井康隆のカセットブックに、ハイデガーのお話のヤツがあって、そこから派生する枝によってフッサール、フロイド、ラカンユングアドラー、RDレイン、W・ライヒデリダ、バルト、ソシュールフーコー...等々の権威あるテクストに向かうことになる。原点に戻れば実存分析のミステリーを読むとなると、哲学者の密室を読むことになるし、そうなると笠井潔から繋がって空の境界となり奈須きのこまでカバーできる!


つまり、あたし、ちょっと、おかしいのかしらん・・・
あと、この日記が自己言及の構造になっていて、意味を見出そうとしても失敗するように断章形式なのだーとかいって韜晦するテスト。<ほんとうになにもかんがえてないだけでする(´ω`)