去人たち開発ブログ

同人サークルK2Ceeが去人たち開発についての記事を掲載してきます!

ゲーム作りに飽きたら何をしようかぁと、老後の心配をするときがある。
わたしがプログラミングはじめたのはゲームを作りたかったからなんだけど、今では純粋にプログラミング技術を向上させたと思うようになってきた。
こういったらなんだけど、自分のコードは局所的すぎて大局観がない。
メンバ変数に m_ プリフィックスをつけてみたりつけなかったり。インターフェースにしたのはいいけど、クラスが増やしたくないという不合理な動機でクラスにいくつかの振る舞いを共存させたり。

当初は、これでもよかったんです。
でも、あとから変更を加えようとしたときに、モデルとビューが別れていなくて、ヒーヒーあえいで、ビューとモデルをそれぞれ書き直す羽目になったりする。
そういったなかで、「楽なプログラミング」というのに真剣に取り組むようになった。
SEE,PLAN,DOという、あたりまえのプロセスで、結構改善する。


テクストベースのゲームは、プログラミングを勉強するにはいいところだったと思う。
本当に何も知らなかったわけだけれど、道すがらいろいろなモノを拾い食いして、お腹いっぱいだ。時にはやばげなモノをたべてお腹を壊したこともあったが、それも勉強のうちだ。食べる前に鼻を利かせる。
C++,C#もDもスクリプタも道具として、違いはあるけれど、そんなことよりも道具としてそれをどう使うかという、使用者のようが比重が高いと思う。無知な道具立ちがわたしたしに、問いかけをするわけだけれど、そのとき使用者のほうが応答しなければならない。
無知な道具立ちに、お前がそれできひんのがもんだいや! っていうのは、もったいない。使用者は道具に試されているという面も少なからずある。画を描くときに、カンバスのサイズに問いかけられてとすると、そのサイズをこえる構想を変えることができない使用者は愚直で剛直だと言われているのかもしれないと考えるのも、ある程度は必要ではないだろうか。