去人たち開発ブログ

同人サークルK2Ceeが去人たち開発についての記事を掲載してきます!

相貌の考古学者

わたし、人の年齢を当てるのがすごく苦手なのだ。
「いくつにみえる?」
なんて聞かれると、ちょっとびくりとする。
いやあ、何歳なんでしょうね、と言ってごまかすようにしている。
一度、真面目に応えてみたら、十以上も間違って、恥ずかしい思いをした。

わたし、本当に人の年齢だけはわからん。
女性の場合、若くいっときゃいいだろう、なんて思うから、大げさに間違ってみせたというわけではないのだ。本当に分からん。


わたしは人の相貌から地層を割り出す考古学者ではないのである。
そのかわり、聾のように表情には傾注する。
これが進行し、見えない表情まで作り出す、という状況に陥ると、視線恐怖症になる。
これだけ人が群れている街だからして、視線恐怖症になったらとてもでないけど生きていけない。

私たちが身振り、手振りで感受するメタコミュニケーションなんて、そんな大きな情報にはならない、なんて思う人もいるかもしれないけど、わたしたちはその情報なしで不断のコミュニケーションは維持できない。
わたしがチャットで非常に困るのが、文字だけのコミュニケーションがもたらすコンスタンティブに層に相補するメタコミュニケーションが成立しないことだ。
馬鹿げたこというには、まじめくさった顔でいわなくてはならないし、教養俗物じみた命題を真面目にいうには、ちょっと自嘲した感じが必要だ。

「1+1=5」

というときに、これ真面目な顔をしていなければ、相手はすぐに、ナンセンスな冗談だと思われてしまうのではないか。
相手に、この「+」という記号は、ワクス関数のことをいっていて、帰納法的限界に焦点を当てているのではないか、という話の発展がない。
それを発信者側が説明するのと、相手が推察するのとでは大違いなのだ。


ああ、そういえば、天野月子の曲に「聾」があるけれど、これ「ろう」か「つんぼ」かで問題になっているけど、発話しないとあかんの?ということでいいのではないだろうか。記号の蒔いた種は、それぞれの土地でそれぞれの栄養を得てそれぞれの実をつけるのだし。