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去人たち開発ブログ

同人サークルK2Ceeが去人たち開発についての記事を掲載してきます!

激動の2009(仮)

あけましておめでとうございます。

最近、胸ががきゅん☆きゅん☆しているkow@suhito14歳です。

仮想の中二病もここまでくると真性じゃなかろうかと思います。

サラリーマンのみなさんも、きゅんきゅんしてますか?

kow@suhitoはきゅん☆きゅん☆してます。正直、眠れません...

まるで中二だ...



ってか、んなんはどーでもいいんですが、2008年が大いなる女装的な助走の年だったことをふまえて、もしここで仮想の線を引き、そこで2009年はという計画を立ててみたkow@suhito。


・kow@suhito13歳じゃないことを意気揚々とやってみる

フルマラソンサブフォー

・レーシック(レーザー光線による近視手術)で脱メガネ

・去人本を出す!!(ごめんなさい)

・次回作をもう少し、こん詰めていく

・アニメをもっとみてみる

・古典作品を読む

・絵を描いてみる


2008年といえば、やね本「ひなた先生が教えるデバッグが256倍速くなるテクニック」 がでたのが印象的。内容というより、考え方の本であり、これは逆の意味で初級から中級プログラマに読んでほしい本であり、初級のあたしはすごく考えさせられた本である。結城浩先生の数学ガールとあわせて読むと、よい思考訓練にもなるかと思います。(ちなみに、あたしの記述の中には上級プログラマは出てくることはありません)

それに飽きたら次はデリダでもよんだらいいんじゃん? 思考訓練したいなら。



2008年、ノーベル賞。かなり記憶に新しいですが、だいぶわいわいと騒がれました。ノーベル文学賞ル・クレジオ

何も言えん....

そうかっ! そうなのかっ!! って叫ぶ気力もないのはなぜだろう。ル・クレジオをみんなもしっかり読んだらいいよ。すごいよ。



2008年は多くの人がkow@suhito14歳よりも真剣に、血反吐はいて、モノを作っているんだということを知った年である。

あたしは、それを知っているつもりだったし、それについていつだって『いやー、すげえの作ってるな、だから?』という準備を万端に整えていた。でもその最終兵器のボタンをあたしは結局押せなかったし、俺は本当にアホだと実感せざるを得ない2008年であった。ただ、これは後悔の年という意味ではない。



2008年があたしには制御できようないよう、2008年は制御出来ず経過し終了した。2009年もそうだろうし、来年も再来年も同じだろう。年号が刻印された文化を尊重はするが、あたしは年号が刻印された時間をあたしたちは生きているわけではない。なんなら、あたしが生きている年号を皇紀で記してもよいのだ。だからといって、それで何がかわるのだろう。皇居に向かって敬礼でもすればよいのだろうか? 形骸化されたところに、人間は存在しない。

...とはいえ、この考えについてあたしは何も言えない。ああ、なんにせよ、2008年あたしは存在しただろうか。



2009年から創作という分野に傾斜していきたい。ただし、“創作でない全て”÷“創作”という程度の究極的な創作に傾斜していきたい。つまり、ある偉い人がいうにはこういうことなのだ。


--製作は商であり、その余りが創作となる--


とはいえ、実際はそんな単純じゃない。ただ、その単純でないことを度外視すれば、それはそうだなといえなくもない。


でもその論理が一見聞き応えがあるようで薄っぺらいなのはkow@suhito13歳が同じ事をいっていたからで、kow@suhito14歳が今またそのような複製された言術を並べ立てているようでは“病状が悪化したた”と言わざるを得ない。

kow@suhito13歳は神は確かに死んだんだろうと思う、と言ったのに、

kow@suhito14歳では神は確かに死にかけている

というのは今までみた、映画、小説、演劇、アニメ、似非現実の中でも最高のインチキ、ご都合主義と言わざるを得ない。


でも、kow@suhito14歳がkow@suhito13歳に向かっていう言い分も確かにある。kow@suhito14歳がいう。

「まあ、まて。kow@suhito13歳がやったような神殺しはいつだってできる。ただ、年長者のあたしとしてはいいにくいんだけれども、kow@suhito13歳が殺害した神は本当に神が死ななきゃならん地点だったのか、あたしにはわからない。だから、神の既殺については一旦保留にしておくべきだ。実際的にも形式にも」

そこで、過去からの呼び声としてkow@suhito13歳が反論する、もちろん、不利な立場にありながら。

「いずれ死ぬ神を、なぜ延命させなければならないのか。一刻もはやくkow@suhito13歳をやめるために、神を殺すのになんのためらいがいるというのか」

kow@suhito14歳は、わざわざその問いに答える。答える必要すらないのだけれども。だって、神とともにあったkow@suhito13歳は神がいなくなれば、kow@suhito13歳でなくなるのだ。

でも、実際にはkow@suhito14歳がそう再考した時点で終了している。kow@suhito13歳はkow@suhito14歳の考えをお見通しと言わんばかりに、神を再殺するからだ。

kow@suhito13歳は最後ににやりと笑ってkow@suhito14歳にストリームを譲る。そのさきに、ニーチェやらハイデガーやらがkow@suhito14歳とひそひそとお話をするのだが、その話に混ざってこようとしたサルトルは、蹴飛ばされて追い出されてしまう。

後日談として、サルトルに逆恨みされたkow@suhito14歳が刺されて殺されてしまうのだが、kow@suhito14歳は死に際にサルトルに言った言葉は「このロリコンがっ!」であるのはあまりに有名すぎる。サルトルは獄中でその言葉が耳から離れず、実存的とやらの悲惨な死を遂げるまでその幻聴になやまされたという。



というわけで、kow@suhito14歳。今年もこんな感じで自由に死んでいこうと思う。虚勢をはることもないし、できないことはできないし、バカなモノはバカなのであって、それがどんな名誉なことであれ、自分の身の丈にあわないことの上で、首に縄をかけれてつま先立ちで愛想笑いを振りまいていく……なんてことのならないようにしていきたいなあ。




あたしはkow@suhito14歳を殺すべきときに、きちんと殺さなきゃなりません。もしそれが2009という範囲内に行わなければならないなら、あたしはそれをきちんを行うでしょう。