去人たち開発ブログ

同人サークルK2Ceeが去人たち開発についての記事を掲載してきます!

アニメ・フラクタルをみよう

興味はありつつも、山本寛とあずまんの騒動だけをしっていて作品の批評には一切ふれてこなかった、自分の中では希有の作品である。
いずれ見たいと思ってのそれなりの意志と、実際批評が少ないという両面に助けられて達成し続けられてものだと思う。
台風もくることだしさっそく見てみようと全話一気に鑑賞しました。

フラクタル第1巻DVD【初回限定生産版】

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ネタバレもかくかもしれないので、自分で見てみようと思う人はここでどうぞお引き取りください。

雑感

第1話を見たときに鳥肌がった。正直、2話めを見る気概をそがれるような第1話だった。あまりにも気持ち悪いので、この1話の意図を深く考えてしまったほどだ。深い意味があるはずに違いないのである。話の筋はもともと気にしないほうだが、ぎこちなくわざとらしい演出がどうも1話っぽくないという形式上の違和感と寒気が鳥肌の原因だったのだけれど、実は全11話を見終わった今も第1話がどうもよくわからないでいる。

さて、1話を切り抜けてしまえばあとは、受け入れるものを受け入れ、いつものアニメ脳を脳内に設定してやれば、「普通のアニメ」である。
涼宮ハルヒの憂鬱や、まどマギがそうであるように「普通のアニメ」である。え? じゃあ何が「普通のアニメ」じゃないって? そうだねえ、lain とかあれ、普通のアニメじゃないんじゃないかと思うけど。どうかな。

なんの予備知識もないので推測で書くのだけど、ストーリー原案があずまんということで、実際どこまで関わっているのかもしらないし、当のあずまんもフラクタル騒動中、関係ないの流れだったと記憶している。なので本当に仕掛け的な案を出しただけなのかなと思っていたが、クォンタム・ファミリーズ、クリュセの魚を読んだ後だと、ああ、部分的な構造やキャラクターについても、おっ? という感じがして、後期、あずまんっぽさが感じられた。
フラクタルの終わり方も、クリュセの魚と流れが一緒な気がする……

SF としてのフラクタル

SF に詳しくないのでなんともいえないが、一般的なSF作品としてブレードランナーとか、マトリックスとか、マイノリティーレポートとか、トータルリコールとか、ガタカとか、月に囚われた男とかフラッシュゴードンとかいろいろあるのだと思うけど、現在よく見られるテーマで陳腐過ぎるということもないとおもう。アニメとしてはそんなもんだと思うし、それ以上踏み込むとよくもわるくも難しそうである。ただ、サイエンスフィクションとして裏付けられた技術と実存の葛藤をしっかり書くことは出来なかったと思う。というかこれが書けるとSF作品としてはヒットするとは思うのだけど。

結局心身二元論とループ、実存の話?

この単語をだせば、もうどんな筋だか想像しています、いま10年代の悪魔のテクニカルタームである。それに少女を足せばあとはお察し。
まあ、これを笑うことができるアニメ視聴者は少ないだろうが。毎クール毎クール、それ自体の構造の繰り替えしを強要し、批難して、また別のやり方による新しい繰り返しを要求しているのはわたしたち視聴者なのだ。
誰のどのような意図かはおいておいて、クリュセの魚とは異なり、最後に16歳の肉体で10歳に退行するフリュネは物語の中の約束を果たしたことでめでたしめでたしという表面的な意味の裏側に強い皮肉が込められているように感じたのはあたしだけだろうか。

クォンタム・ファミリーズ (河出文庫)

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