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去人たち開発ブログ

同人サークルK2Ceeが去人たち開発についての記事を掲載してきます!

あけましておめでとうございます 2015

月が終わるまでは日付を書くごとに 2014 と 2015 がごちゃまぜになるにきまっている。2015 とたくさんタイピングしておこう。

抱負 - 心にもないことを記述すること適切に選別する

昨年中はなんたらかんたら、本年もなんたら――真面目に書こうとしたがやめた。
礼儀やら感謝の気持ちを表すのはいいことなんだと信じているが、結局そんな適応方法をきちんと使えるようになってしまってから、あたしは年を取り始めた。年を取ってしまったのは仕方ないし、昔に戻ることなんてできない。戻ることができるなら戻りたいものだが、そうもいかない。
あたしは適応したかったわけではなく、見捨てられたり、卑下されたり、攻撃されたり、白い目で見られることに怯えていたんだし、うわべだけの節度などゴミ以下でありむしろ失礼にあたるわけだ。心にもないことを記述するのはやめよう。
心にもないことを記述するのは虚構の中だけにしたらいいのだ。
社会不適合者?

近況

2014 年に世界が滅ぶと思っていたが滅ばなかった。残念だが、現実は受け入れよう。あたしの雰囲気では少なくとも半月先まで世界は存続するだろうという可能性を強く感じている。そこから先の世界存続可能性について線形で減衰し、2017 年末では可能性は 0 パーセントのように思えている。
さて、そんな中でゆっくりしていられない。

去人たち

関係者の皆様ほんとうに申し訳ありません。
それでもまだやることがたくさんあります。身勝手なことばかり言うかと思いますし、ご立腹されることもあるかとおもいますが、至らぬ点はどうぞご指摘ください。あたしは間違いも大変多いですが、間違っていないと確信しているところについては白熱した議論をさせていただきます。間違い、誤認を正当化しているとおっしゃります。『それ自体もメタ創作的な手法』とあたしがいうと、みなさまが不快感を表すのはよくわかりますが、不快感だけでは、『それ自体もメタ創作的な手法』をやめるわけはないわけです。まったくピンときません。
あたしの不誠実さや社会不適合という次元と、創作手法の次元はまったく別に考えて欲しいのです。

年末の所行

昨年にお世話になった飲食店にあいさつ周りというごちそうめぐり。
飲みまくったうえにダウン。
去年一年たいへんごちそうさまでした。

年始の所行

吾妻ひでお失踪日記とアル中病棟を読む。マンガをぜんぜん読んでいなかったので二の足を踏んだがあっという間に読み終えることができた。神経症・精神病関連では放送大学で聴講したり、文献をあたっているので納得。そのへん分からなくてもよくわかるように描いてあるので一般教養としてもおすすめできる良書だと思う。ただ、『アル中入門』にせざるを得なかったために、簡単に読了できてしまったことに複雑な気持ちになったマンガでもあった。キチガイはたいへん良い言葉だが、どのようにキチガイかもっと掘り下げて――それも執拗に――みてみたい。


失踪日記

失踪日記

失踪日記2 アル中病棟

失踪日記2 アル中病棟

今後の所行

まずはいずれにせよ、プログラムを書く作業が増えてくるだろう。
埃をかぶったプログラムを起動しなければならない。
埃をかぶったプログラムを掘り起こす度に他人が書いたような自分のプログラムに出会わなければならない。まさに地獄である。どっかのエバンジェリストがでてきて、レビューしたうえできれいにリファクタリングして罵倒してもらえればやる気にもなるが、こればっかり自業自得である。デザインパターンの適用と疎なモジュール結合度、これが長期運用・保守ソフトウェアブログラムのキモだという信念は今も揺らいでいない。
あとはどうやって、それを作る燃料を得るか。ネガティブではなくポジティブにつくらなければならない。2017 年末に世界がなくなっても、それが短くてもそれ以上でもそれを作っていく燃料はなんだろうか。
個人的な問題? 自我の統合儀式? ただの暇つぶし? 動物的・機械的・身体的欲求?
うわあ、どれもこれもほんとにねえ