去人たちを作れなくなったうつ病プログラマーの地方生活日記

創作に絶望すると、世界が反転した日記

7月15日(水)

雨の音で目を覚ます。確か一回アラームが鳴ったような。鳴らなかったような。酒がほとんど抜けていない気がする。目が開かない。脳みそジーッンとしている。脳みそのなかに石ころが詰まっている。仕事開始を予定していた時間を過ぎている。寝ぼけながら排尿して水を飲む。悪心がひどい。朝のルーチンが何もできない。まあいい。稼働開始して、休憩の合間に朝のルーチンワークを逐次やっていこう。

稼働開始して Slack の未読を消化する。技術的なピンポンやりとり、雑談。たいした物はない。オレのポエムにいくつかレスポンスがついている。ウチの会社は職位があって、それに紐付いて給与体系が変わるのになぜ、job description が存在しないのか。job description がないことでプロジェクトのコミュニケーションにも期待のミスマッチが発生しトラブルになっている。わざわざ、「このプロジェクトにおけるプロダクトオーナーに期待することは」などとドラッカー風エクササイズからしなければならない。そこは前提であり、ドラッカー風エクササイズの本質は個人のWHY、プロジェクトのWHY、メンバー間のWHYを相互にすりあわせること。こんなしょうもないことが毎回毎回オーバーヘッドになっている。キャリアパスを計画するのにも妨げになる。改善して欲しい。触らぬ神に祟りなし。誰もリアクションもつけないが、奇才アオさんが例のフランクな感じでコメントを反応してくれる。特に上位の職位についているからメッセージにインパクトがある。会社として興味がない理由はしらないけど、スキルマップは必要、自分のスキルマップも提示できたらいいと良さげな反応。その反応に笹野マネージャーも呼応してマネージャー会議の議題として提案してくれるとのこと。あたりまえの事をいって、だよねってなって、じゃあ、動きますねって、この問題は一年以上前に認知できたことだとは思うだけど。昨今のスケールする組織という文脈が求められている中で妥当性が向上した、時世が変わったと考えることにする。ポエムがポエムのままであってもいいし、ひろってくれるならそれでもいい。結果には期待しない。健康のためにはそれが必要だ。それにしてもみんな業務外でチャットをするとか、仕事が好きだな。
コア時間帯になると今日は体調不良が多い。笹野マネージャーが発熱で病欠。栞も病欠の連絡。瀧山は有休。RMI チームは若手が放り出されている。ちょっと気になってチームの Slack チャンネルをのぞくが自分たちができることを自分たちで考えて進めている。チームのミッションが分かっているからリーダー不在でも自分たちがやるべきことを確信してやれる。よいチームだ。うらやましい。
オレはバックログアイテムをぼんやり見ながら、どれもやる気がしない。目的、ミッションがないから個人のWHYで動くほかない。どのバックログもWHYが書いてないので響かない。いわんとしていることは想像できるが確信はない。今日は休暇みたいな日と割り切る。オレたちが戦っているコードベースの分析をしてみる。セプトアギンタプロジェクトで次世代アーキテクチャにのせかるとの噂もある。現状を把握しておくことは必要だ。ソースコードの循環的複雑度を計測する。最大200ほど。循環的複雑度は70オーバーで複雑すぎていかなる変更もバグを含んでしまう、というヤバさである。なあに、たかだか四千行のクラスではないか。天才プログラマーを夢見ていたときがあったオレがパパパとやっつけてやんよ。そっと分析結果を閉じる。分析結果の簡易レポートをチームメンバーに共有する。チームメンバーは興味がない。それでいい、いまは目の前のタスクをやっつけるので手一杯。その分析はその忙しさの震源地でそれを直せばそもそもこの忙しさはなかったのかもしれない。そんなのはみんな知っている。その分析結果は重要だが緊急ではない。目の前のタスクは納期があり緊急で重要なのだ。そのチームは忙しいあまりに自分たちがどうやれば忙しくなくなるのかさえ考えることができなくなっている。死ぬまで走り続ける。それか退職してやっと止まることができる。そのタスクは本当に緊急ですか? やらないといけないですか? WHY がないのになぜそれを判断できますか?
知らず知らずのうちに大量のポエムをどうでもいいチャンネルに大量に投稿する。みんな呆れている。でもオレには失うモノはない。正しいと思ったので自身をもって投稿する。知っているけど言わないこと、言うと角が立つこと。言ったやつが責任をとってやるべきだと言うヤツもない。オレのポエムはいったいどこに届いているのか。精神的に疲弊して仕事を終える。フルタイムどころか残業してしまった。首、肩が重い。

退勤すると日が落ちかけている。今日はエクリプスチームで Left 4 Dead のゲームDAYである。眠い。日記も書かないと。まずは風呂にはいって気分を入れ替えよう。脳内が会社に汚染されている。一つのことを考えるとそれに対する不満や不安、怒りが収まらない。一つのタスクを取ってしまうとそれが解決するまで脳内の思考をブロックする。それは問題解決のモチベーションともいえるが、自分の領域外の問題について考えてしまうと断続的に負荷をかける意味のないストレッサーとなる。手の届かないところについて考えるのはやめよ、とオレはオレに命令するがとまらない。あやはオレがパニックになっているのをプリングルスのサワーオニオンを食べながら面白がっている。風呂に入って瞑想する。ほんの少しだけ仕事を引き剥がすことができたが、あまり状況はかわらない。やはり酒かな。アル中まっしぐらだなあ。
夜はカレーを食べる。ネットニュースを見ている間にゲームの時間。何もできていない。

二一時からはゲーム。まぶたが重い。ゲームができるぞ。ひさしぶりの Left 4 Dead 。お酒をとってきてぐびっとやる。押しのけていた眠気が徐々に盛り返し押し寄せる。ロビーでぼんやりまっている。行方さんとラーメン大好き河合さんがくる。オレは判断力がないので今日はトリガーハッピーでいくぜ、といってすべておまかせ。マウスをカチカチ。目標をセンターに入れてスイッチ。目標をセンターにいれてスイッチ。ひゃひゃひゃ。しね、しね、しんでしまえ。ひゃひゃひゃ。全力少年で走ってくるゾンビがうらやましい。オレにもその力を分けてくれ。全力になりたい。エネルギーを使い切る。今回は Easy ながらステージを乗り切った。オレたちは戦いながら成長している。
クリア後の感想戦、ふりかえり。失敗したところの共有。良かったところ、もっと善くすべきところを話し合う。ワークショップ形式でなく自然とこういうコミュニケーションがとれるのはよきかな、よきかな。クリアもできたし成長も実感できたし、これがゲームの醍醐味だなと一人満足する。
あまった時間で雑談をする。WEBの蔓延するエロい広告の話から、オレが性的に興奮する強度や頻度がなくなったとか、性的なモチベーションがすべての行動の原点であるとか。金と女を手に入れたら創作ができなくなっちゃうヤツとか。宮崎駿に女児がうまれていたら名作はできなかったとか。人間は性的に倒錯しかありえない。全員が変態でありどのように変態であるか、カテゴリ分けとその量の差しかない。そのエネルギーの投資先の選択と集中こそが個人の成功である。持てるために持てればそのエネルギーの投資先として選択は正しいし、そこに集中して投資したことは正しい。是非もなし。オレはそれがたまたま創作という方向に向いたらないいな、と思っているだけ。河合さんも行方さんもプロの創作の現場にいるからそういうところを強く感じているようだった。人間が作るものだから、変態的なものを正しく創っていってほしい。

オレは早めに会話から離脱する。生活を立て直さなければ。執筆作業をする。つらい。眠い。眠いけど寝られそうにない。眠気を感じている部分と脳内の流体の回転速度を感じている部分。回転速度を遅めないと寝られないのを経験的に知っている。熱燗を入れる。なんとか眠りたい。

薬を飲んで寝る。

7月14日(火)

スヌーズと戦う。やはり酒を飲みすぎた朝はつらい。うつ特有のけだるさは抜けてきた。とってかわるように酒によるけだるさが残る。睡眠の質も悪くなるし、悪心も残るし。それでもうつのけだるさよりはだいぶマシだ。

朝一で出勤。なんとしてもフルタイムで働いて生活品質をもとに戻すのだ。うつはなくなったと産業医の先生に自信満々にいう準備はできている。新型コロナウイルス対策のリモートサポート機能の追加プロジェクトのふりかえりのアジェンダを考える。参加メンバーには暗黙の期待をかけざるを得ない。なんの想定もしなければアジェンダも作れない。ただ、過剰な期待で疲弊しないように消極的アジェンダを心がける。必須なのは彼らがふりかえりから、アクションを導きだせること。ほんとうは「ふりかえりのやり方」についても気づきを得て欲しいがたぶん無理だ。でも期待したい。このプロジェクトメンバーのふりかえりをうまくかせるとオレがこのグループの単一障害点になってしまう。だからオレが抜けてもまわる未来のためにふりかえりを俯瞰的に見られるメンバーが必要だ。だから、無理だといったものを無理にやろうとするのは自己が分裂している。オレは諦める。この未知のふりかえりでおこる相互作用はやってみないとわからない。過度に楽観的だったり悲観できであったりしても意味がない。まず、やってみることだ。
オレは典型的なふりかえりのアジェンダをつくる。メンバーのことも知らない。プロジェクトの細部についても知らない。典型的なアジェンダとアクティビティを用意し、必要に応じてカスタマイズするしかない。そのへんの引き出しはいくつかあるし、RMI チームでもなんどかやってきた。個人的には満足できるアジェンダができたが、十四歳児がでてくる。突然、なんでオレこれやっているのかな、などとすね始める。あやがオレの背中のレバーを操作していたずらしているのかと思ったがあやはいない。オレはときどき誰かが褒めてくれないとやる気を失う。甘やかされて育てられてしまったのだろう。腕にためらい傷でもつくって、褒めてくれなきゃヤダヤダとだだをこねるのが本当に好きだからなあ。オレは根が悪い人間だからなあ。にやにや。
アジェンダはふりかえりメンバーに共有して、明日のふりかえりにむけて気持ちを高めておいてもらう。Slack のリアクションもなく、オレにまかせておけばいい、という雰囲気がぷんぷんする。それか、オレが威圧的すぎてリアクションもでないのだろうか。十四歳児でてチャットにイライラがでてしまったかもしれない。うーむ。社会不適合者というのがオレの長所なのに。不適合だからコミュニケーションは丁寧にやってきた。ちょっとしたイライラで破綻させるとは情けない。

なんとか仕事は定時であがる。今日は「第一回去人たちオンライン飲み会」開催。お酒と肴の調達をしてこなければ。行方さんを含めた古参メンバー三名。オレは酒が飲めれば良いのだけど、行方さんはお酒のめないしなあ。小雨がちらつくなかハイパーマートにいく。野菜サラダ、ポテサラ、おにぎり、白ワイン。デザートに甘い物を物色したが今日の気分のものは見つからず。安定のホワイトロリータでしのぐ。レジ袋を一枚。大きいのよいですかと聞かれるのでうなずく。大きいの以外はどういうサイズがあるのかも知らない。ゴミ箱にはめるやつは大でこまらない。
家に帰って、少し執筆作業。さすがにお酒とポテサラを食べるとなると罪悪がある。Zwift で一時間ほどペダルを回す。サボっていたせいでお腹も足もポヨポヨ。最後の五分だけ本気で踏んで醜体恐怖感を忘れる。汗が噴き出る。心拍一九〇。太ももから力が抜けてくる。歯を食いしばる。ハンドルにしがみつく。目をつむる。回す回す。ビンディングと足の裏とクランク。チェーンのリンクが移動すら感じられる。耳鳴りがする。死んだ。自転車を降りてへたばる。クールダウンしないといけないんだけど、追い込み過ぎた。
風呂に入る。今日はぬるめ。助かる。半身浴をする。世界に薄いノイズがかかっている。天井を見上げる。知らない天井だ。死んだ、多分オレは地縛霊なのかもしれない。
風呂をでて「第一回去人たちオンライン飲み会」の準備をする。ヘトヘトで脚がうごかない。喉がやたらにかわく。薄い貧乏シャンパンを作ってごくごく一杯飲む。これ炭酸水だ。いや、アルコールは入っている、調子にのって飲み過ぎないよう。用意に手間取っているうちに「第一回去人たちオンライン飲み会」の時間。初見の方と話すのは緊張する。行方さんとべんざカバーさんとオレ。自己紹介で名乗りを上げると去人たちの話をする。歴史、当時の社会背景、アニメ。去人たちの歴史、DXライブラリ版、yaneSDK版、yaneSDKD言語版、yanesSDKC#版、吉里吉里版、ティラノスクリプト版。オレはなんという人生を送ってきたのあろう。もっと何かを為し得たのではないだろうか。がっかりしてしまう。去人たち二十年の歴史においてべんざさんは後発組なのでそのへんの歴史には興味があるよう。そんな後発なのにどうして去人たちに興味をもってしまったのか、オレは本当に気の毒でしようがない。@lice と去人たちの執筆の歴史、kow@suhito の ゲーム遍歴、性癖、死にたがり病の歴史。一方で、べんざさんや行方さんの去人たちの到達への歴史を聞く。なぜ、人はどうかしているゲームという評判をききつけるとダウンロードしてしまうのか。巨大掲示板は罪深い。去人たちは対象年齢一二歳までと謳っていたはずに、一二歳を過ぎた子どもたちの手に渡ってしまった。悲劇のはじまりである。オレは行方さんやべんざさんのプレイ体験を聞いて心を痛める。原爆投下を聞いたマンハッタン計画の科学者たちも同じ気持ちであっただろう。べんざさんは精神病理の知識がふんだんにあるようで、去人たちⅡはラカンを意識しているのかという質問があった。@lice の二階の部屋。八畳間。窓のとなりの書棚を思い出す。大江健三郎筒井康隆がある、但野教授、虚構船団。下段、ジャックラカン伝があったような気がするし、なかった気がする。論理学入門、ロラン・バルト東京大学物語最終兵器彼女……ラカンねえ。思い出せない。でもオレたちはラカンの話はあまりしなかったような気がする。でも @lice がラカンを意識したかどうかはわからない。意識してもいいししなくてもいい。オレ個人にとっては去人たちⅡは正しく理解することを拒否する形式を徹底的にやる信念と結果としてできた超越した形式美ではないかと考えている。これは想像でしかないけれど。これについてはオレは去人たちのなかでしか応答しえない非常に個人的な問題と捉えている。そういった意味では応答できてないが。選択肢のないゲームで複数の他者を巻き込み世界を描きだすやり方としてオレは理解した。あんなの命を削る、やめたほうがいい。べんざさんは、ラカンの観点による去人の解釈を試みていたのか、うーんとうなる。作者は意識せずとも世界を構築する。動物的ポストモダンにって、ある視点のモデルを見つければそこから発展していく。ループものも同様だった。正しい解釈ではなく、多様な解釈の可能性やその受容のあり方を含めた無限の空間、時間はテクスト作品を楽しむ上の極致といえる。テクストの快楽。ふしぎの国のアリスを読む度にはオレは発見をしている。きっとそのぐらいでいいのだ。
二時間はあっという間。おしゃべりに夢中であまりお酒が進んでいない。健全な生活の助けになる。人とコミュニケーションをとって人間らしくあり、文化的にいつもよりは高みにいる。また来月開催しましょうということで終了。
去人たちってなんなんだろう。オレは本当にそれを作ったのだろうか。オレジャナイ誰かがつくったような気がする。二十四時近い。仕事があるので寝ないとな。でも日記のメモでも書いておかないと。お酒を追加しながら少し執筆作業をする。
気がつくと二五時を回っている。結局お酒も飲み過ぎである。アル中まっしぐらだ。明日起きられるだろうか。

薬を飲んで寝る。

7月12日(日)

ずっと雨が降っていて布団にいる。意識を失っている間は幸せだった気がする。脳みそがしびれる。身体感覚が希薄になる。悪質な消極的メディテーション。やりすぎると精神が荒廃する。ずっと目を覚ましていたような気がする。ただその悪質な瞑想から脱出したのは十七時ごろ。身体性と接続されない意識は死の恐怖すら非現実的なものにする。目をつぶって気を失うのと、飛び出して気を失うことの違いがわからなくなる。深い眠りにつくことが幸せなのだ。オレは身体を起こす。ここは独房のように静かで安全だ。たとえシュレディンガーが実験のためにこの部屋にオレを閉じ込めたとしても、人間原理の主体として彼の観測を否定できるほどに強固な壁に覆われている部屋だ。
珍しく妙な空想をする。排尿し水を飲む。脳がしびれる。空腹。とても。身体が戻ってきた。パスタをゆでてペペロンチーノを食べる。チューブからニンニクを追加して味覚と嗅覚を過度に刺激する。この部屋で起こることは何もかも嘘っぽくて薄っぺらい。ネットでニュースをみて世界を同期する。あやは横で寝転がりながらタブレットで本を読んでいる。何をよんでいるかと思えば、 人はなぜ不倫をするのか (SB新書) である。そういうことは宮台の本でも読んだ方がある意味毒がすくなくていいと思うが。女子はそういう本好きだよな、というと、うるせい黙れ、このむっつりスケベとあやに睨まれる。そんなに面白い本なのだろうか。あとでこっそり読んでみようか。主要なネットニュースを見て回る。この部屋が世界とつながる。この部屋からで延々と歩いて行けば米軍の爆撃によって四肢がバラバラになった少女がいる中東にでも行ける。その距離は想像によって数センチにまで縮めることができる。よし、部屋をでて、風呂にでも入ろう。
風呂には先客が四人ほど。いつもガラガラなので四人という密度は普段のオレにとっては苦痛である。今日はまだ半覚醒状態なので自己がうまく立ち上がらない。視線も水蒸気によって乱反射して強度が低い。自分の身体の輪郭を思い出すように丹念に頭、顔、身体を洗う。それでもまだしっくりこない。今日は風呂が熱い日。半身浴でのんびりつかる。ストレッチで身体の痛みを受信してみる。脳が少しめざめるが、まだ身体全体の統一感はでてこない。はあ、まあいいか、ゆっくりと風呂に浸かる。脳だけが湯船に浮かんでいる。
湯上がりにホームランバーを食べてのんびりする。日が落ちると、眠くなる。休日は二十時間は寝ている気がする。
酒を飲みながら少し執筆作業する。ディスプレイの上を細かい羽虫たちが散歩している。指で圧縮してゴミ箱に破棄する。何匹も殺すが今日はキリがない。網戸をみると少しあいている。しかも、大量に網戸にはりついている。7days to die の七日目のごときラッシュである。アースジェットで一網打尽にすると、降り積もった羽虫が床を黒く染めている。今日は風が強かったらのってきたのかもしれない。アリの巣の労働人口が安定すると、オスのアリが生まれ始めて羽をつけて空中で交尾し、雌は情報ありとなって新しいアリの巣を作るという。アリの巣ころりをドローンで散布せよ。リア虫を殺戮せよ。人間に性がなかったら言語も不要だったろうに。正確には性的倒錯か。

身体がけだるい。薬を飲んで寝る。

7月11日(土)

酒を飲んだが、抜けきっていない。今日、はヤマシタさんとのオンライン飲み会があるので食糧の調達が必要。日本酒とお魚を用意したい。なんとか起き上がる。
早いうちに交易市場へといってめぼしい鮮魚を物色する。良いお魚はすぐに売れてしまう。今日はハクセイハギが入っている。値段もお手頃なので購入。日本酒は鯉川を購入する。
家にかえって一旦風呂にはいる。風呂上がりのホームランバー。贅沢。まだねむい。布団に横になるとそのまま寝てしまう。
起きると十七時。すっかり寝てしまった。ハクセイハギを捌く。一時間ほど格闘してなんとか三枚におろし刺身に。肝も確保できた。これはたのしみ。
十九時からはヤマシタさんとオンライン飲み会。ヤマシタさんにとってはシリーズ初監督作品のポケモンが落ち着いたという話で飲み会になった。久しぶりのヤマシタさんは元気そう。お互い酒の肴を持ち寄り飲み会を開始する。オレはウマヅラハギの肝と刺身、ヤマシタさんは自家製ポテサラ、味付け卵、いぶりがっこカラスミ、貝の壺煮、ぬか漬け、鶏もも肉のハーブ燻製。ぎゃー、その肴よこせよ。ぐががが。自慢だろ、自慢のために飲み会開催してるだろ。ぐぬぬ。まずは十四歳の近辺の勇士として、あいさつがてたら健康の話題から。腰がいたい、頭がいたい、目がかすむ、耳が多くなる。足腰がたたない、勃起力低下、話は尽きない……。カチカチにならない問題はかなり根深い。カチカチとはなにか定量的な数値ではない。オレはエクリプスでちょっと気になっていた、協働、分業について聞いてみる。作画、動画を修正されることに対する気持ちはどうなのか? アニメの納期やその人のスキル、志向性によるところはある。でも今回は自分で直すことが多いとのこと。アニメの監督はとはプロジェクトリーダー剣プロジェクトマネージャーだと思っていた。でも実際にその厳しい期限、コミュニケーション環境のなかでできるのはリーダーであり、マネージャーであり、プレイヤーである。アニメ業界においては監督とはスタメン、オレ、ということなのだとしる。コンテ時点の理想型と作画、動画の差異があまりに大きすぎる。アジャイル開発をしているオレにすれば当然のことである。モノは動いてみなければ分からない。システムしかり、アニメもしかり。
ヤマシタさんがノベルゲームの進捗はどうですか、と質問される。ノベルゲームを作り終わったオレが、次にいけるのかどうか見ていてと気を持たせる。エクリプスはノベルゲームについてメンバーそれぞれ深い思い入れがある中で作っている。オレ個人の話に限定すれば、終わったしまったものを再度発明するしかない。この発明を拒む世界でオレは発明しなくてはいけない。灰色でくすんでいて心地よい世界。抗わず死んでいれば何も起こらない。ヤマシタさんもノベルゲーム世代なのでノベルゲームの形式ってひどい形式ですよね、という。オレもまったくそのとおりだと言う。だからそれが良い。能動的なプレイヤーにってすべてが制御される表現力が低く未熟なノベルゲーム世界は全能感のない縮こまったプレイヤーたちの制約を解き放ち私的に自由な世界を解放する。その私的に自由な世界はノベルゲームでしか味わえない醍醐味であるなどと本当のことような嘘のようなことを言い交わす。オレは酒が回って楽しくなる。表現者たちは描けば描くほどにその自由を制限し、プレイヤーの受容の幅を狭めてしまうジレンマに苦悩している。だから未確定の表現をあえて残すことで、受容の幅をあえて残す。だれでも消費できるが必須であり、特定の人が受容できるとはなかなか相容れないらしい。その苦労をしているヤマシタさんを知って大人になったとも思うし、同時によくそこにフォーカスできるようになったなとおもう。長年突き詰めていかないとできることではない。アニメで作家性を出すにはまずそれが最低ライン、プロモーション的に成功しないことには作品を作る機会すらない、それができた上でやっと作家性を出せる。宮崎駿、押井、細田、新海……そういえば天気の子みた? 見てない。オレも。
話は創作論に進む。メタの話。身体を持った声の問題から。キャラクターに声をあててもしっくりこない問題。ノベルゲーム世代にとっては実感ある。ヤマシタさんも監督として決めたのになあ、ということがあるとのこと。これはアクターの問題ではなく作り上げた世界の整合性の問題のようだ。事前にその世界で声が当てられているから、その代役は誰にも務まらないという理想の話に聞こえる。だから、世界たちがあつまる平均的な世界の中心で声をあてるアクターを選定するしかない、ということに聞こえた。すごい贅沢な経験できているヤマシタさんに嫉妬するが、逆にその仕事はきつすぎてしたくない。
監督業ってあまり楽しそう見えない。プジェクトマネージャーが楽しくなさそうなのに似ている。だけど、一番楽しいという答えが返ってくる。アニメーターといえば原画、演出、脚本が職業的に楽しそうに思えてしまう。絵コンテ描き終わったら監督ってスポンサーとプロデューサーからの要求と現場のリソース管理と最終品質管理しかできなそうでめんどくさそう。でもそういった上に対するプレゼンも経験として学ぶことが多いとのこと。すべては、自分のオリジナル企画やるための糧になる。未来がある人は目が輝いている。オレには見ていられない。上がってきたカットは七割がた自分で手直ししているとのこと。属人性の塊みたいなってきたが、一方で時間制約のあるプロダクトにおいて品質をあげるために自分のリソースを使うという選択ができるのはやはり熱意を感じる。
シリーズ初監督のオファーがなぜきたのかという話になると、ヤマシタさん自身は首をひねる。まあ過去の実績が評価してもらったからではという。デジタル作画したことしかない、デジタルネイティブアニメーターとしての実績があり、それが新型コロナウイルスによってニーズが高まったのではなかという話になる。作画は未だに九割がアナログで、それをスキャンして彩色、撮影しているので新型コロナウイルスによってアニメは大変とのこと。業界全体がデジタル化にシフトするためにヤマシタさんをベンチマークにしてるんじゃね? というかってな想像をしてみる。そんなら一作品の監督というよりもっと大きな意味があるじゃん、ワハハ、などどありそうでないさそうは話をする。
酒を飲みながらだらだらと話を続ける。ディスプレイから一歩ひけば陰湿な我文町の世界が広がっていて、周囲は何もない。ディスプレイのなかではヤマシタさんのお子のイーサンがワクワクしている。かわいい。アニメとヤマシタさん、そこにお子と奥様。世界が歪んでいる。隔絶した世界のはずなのにオレとヤマシタさんは会話できている。世界がぐちゃぐちゃになる。オレは理由も分からずに悲しい気持ちになる。オレは地球の自転から取り残されている。嫉妬や妬みの多い人生だった。いつもいつもオレなんかどうせ、といって、誰とも戦ってこなかった。自分で無敗のまま文句をいうなら責任は全てオレのものだ。
心地よい自己否定感に包まれる。この否定感の反転こそが、いまここにいる理由。水面下で呼吸をしたくてもがいている。水面に浮上して文句の一つでも言ってやろうとおもう。でもできずに、また水面感に沈んでいく。それの繰り返し。文句をいってやろうと思わなくなれば溺死する。いや、溺死を待っている。水面上は徐々に意味の灰にされつつある。

今日はおいしいお酒が飲めた。誰かと飲むというのはやはり楽しい。薬を飲んで寝る。

7月10日(金)

朝五時過ぎ。早朝に覚醒する。早朝といっても、日はのぼっている。とても寝た気がする。起きて二度寝しなくていいと思ったのだから起きる。朝のルーチンワークをすませる。天気予報は雨だが、外は曇り空。散歩でもしようと出かける。川沿いを四十分ほどぶらぶら。犬の散歩をしているおじいさんが向かいからくる。このとき相手をみるのか、周囲をみて誤魔化すのか、いつも迷う。そんなことを考えると余計に視線がうごかせなくなりスマホに逃げる。なんでもないスマホ画面を意味もなくぽちぽちしながらやり過ごす。散歩のシーズが遠くからオレを狙っているなと思っていたがやはりオレのところにぐいぐいくる。この場合はオレにムツゴウロウを憑依させるしかない。よしよしよし! おじいさんとは張り付いた笑顔でうなずき合う。お犬の目はみれるがおじいさんの目はみれない。犬とじゃれ合いたいが気まずいのですっとその場をあとにする。急に土砂降りで雨がふる。雷雨並。目に雨粒がはいって痛い。まあ家に帰れば着替えられる。動ぜずに徒歩帰宅。玄関でびしょ濡れの服をすべて脱ぎ捨て全裸になる。着替えて風呂にいく。朝風呂派の先客がいるのでどうも、とゆったりとあいさつして風呂に浸かる。ストレッチをして身体をほぐす。風呂をあがる。仕事をするまえに軽い朝食を食べたいが、あまり食欲がない。コーヒーを飲みたいが空腹にコーヒーを流し込むと調子を悪くする。コーンポタージュでかるく胃を満たす。さあ仕事する。

世界を切り裂く架電。父から。嫌な予感がする。ついに親族の訃報か。でも違う。もっと嫌な方の連絡。要領は得ないがパソコンがどうにかした、とのことである。まず、緊急性のない問題に架電してくることにイライラする。でも、父当人には別の緊急性があるのだ。なんどもなんども、アダルトサイトがらみで対処をさせれてきてうんざりなのである。フィッシング詐欺のページを開いては書いてある電話番号に連絡したらいいのか? とか、マルウェアに感染しては起動時にデスクトップにエロ広告が表示されるであるとか、ページを開いたらウイルス対策ソフトの警告が表示されたとか。母が見つかってしまって、母は鬼のように不機嫌になって軽蔑されている。ヤフーが開かなくなったんだけど、という謎の説明を翻訳すると、デスクトップメニューバーに固定されていた Internet Explorer のアイコンがなくなったという事らしい。そんなことで呼び出すんじゃない。イライラいながら修正する。電話を一方的に切る。また電話がかかってくる。ついでにでんでん虫みたいのけして、とのこと。でんでん虫? 要約するとMicrosoft Edgeのアイコンを消して欲しいようだ。そっちを使うのが望ましいんだが、もう説明したくない。しかも無害なものをどうして消したいのか。Microsoft Edgeを起動するとスタートアップ画面に検索結果ページがサジェストされている。あー、そうか、表示履歴がね、でちゃうしね。これ母にみられたら怒られちゃうね。そうだね、はいはい。ってか「おまんまん」「時間の止め方」じゃねえよ。子どもか。はいはい、見ないふり見ないふり。消しますねー。エロいことは分かるし、むしろ枯れなさには尊敬する。良いことだ。エロいことは健康の秘訣だろう。学ばないことが嫌。本当に父に必要な者は履歴の消し方とスタートアップページを変更するということだ。年齢もいけば学習障害も多少あるだろうし、しょうがないのかもしれないが。でも失敗するかもと思ってもエロ動画みたい欲求が高い状態って若さを感じる。この、広告は罠かも知れないがクリック、したいっ! ナイフのように切れていた十二歳の時はオレにもその勇気があった。ウチの男性陣は性欲強すぎるんだよ。父は自分磨きがプロだし、兄は反社会的存在の罠にかかってお金とられるし、オレは誰もいないとおもって外の藪でおちんぽ出して自分磨きしていたら、見知らぬ人が家の二階から見ていたり、オレと相思相愛だと思っていた女の子にメール送ってたら、その友達の女子からあやが怖がっているからやめてっていうメールが飛んできたり、性的なトラブルにはことかかない。なんか最後の違う気がするけど、まあいいか。そうか、父に期待するからイライラする。期待をやめればいいか。こっちが期待をやめても向こうが、オレがなんとかしてくれるっていう期待を辞めてくれない。あー、分かった、これがイライラの原因だ。それすらも諦めればいいんだ。わかったよ、オレは今日時間の止め方で検索して自分磨きするよ、それでいいんだろ。もういいんだ。許してくれ。

世界が壊れた。壊れたなら直さず置き換える。仕事を始める。出勤打刻さえしてしまえば、あやがしっかり監視してオレを仕事モードにしてくれる。Slack にログインして未読チャットを消化する。本当に退屈なメッセージしかない。拍子抜けだがそれはそれで健全かもしれない。さてなにをやるか。先日受けていた相談を考える。新型コロナウイルス対策のリモートサポート機能の追加プロジェクトのふりかえり。これまで参加していたデイリースタンドアップのことを思い出す。マネージャーとメンバーの1:Nの会話。複数人いるのにN:Nの会話にならない。それに疑問を感じていない。時間を無駄と感じない。思考停止しているチームか完全にマネージャに抑えつけられているか。いずれにせよ、心理的安全性はゼロ。一緒にランチを食べるところからはじめたいぐらい。雑談がなさすぎる。オレが一人で考えていてどうする。当事者たちが何を感じているかが大事でそれはオレが一人で考えても無意味。無意味な上にオレが勝手な仮説をたててもしょうがない。オレ自身がアジャイルたらなければ。この問題を解決できるステークホルダーはそのプロジェクトメンバーたちだ。オレは急遽、みんなの感想をヒアリングするミーティングを設定する。まさに俊敏にやらなければならない。告知して来週開催などもってほか。そのリードタイムに合理性はない。ミーティングにはゴールが必要、そのゴールがあるから議論に集中できる。ミーティングの最初にはゴールをメンバーと共有し、認識の違いがあればすりあわせる。議論にフォーカスし脱線を減らす、また脱線を指摘するためにも必要。ゴールは、kowasuhito がプロジェクトメンバーたちが感じているもやもやを理解できること。メンバーたちがもやもやを共有することではない。それはふりかえりの中で行われるべきことだ。ミーティングがはじめると、すんなりもやもやがでてきている。協働作業、ペアワーク、モブワークができていないこと、コミュニケーションのすれ違い、プロジェクトの納期や機能は守れたが開発していても楽しくなかった。どれもオレ個人が共感できる体験。なかなか言い出せなかったのかもしれない。ここは安全な場だと宣言しないと、宣言することが大事だしファシリテーターもそれをサポートしてあげなければならない。マネージャーが仕切っているときのあるあるである。マネージャーもフラットに対応しているにもかかわらず、あまり言い出せないことがあるし、さらに勇気を出して困っていることをあげても放置される、アクションとして実現されないと諦めに支配されて困っていることを言わなくなってしまう。そこは「困っていることがない問題」として捉えられる。
ヒアリングの結果、ミーティングのゴールは達成された。メンバーは互いの困っていることに共感し互い議論を深めてしまいそうなぐらいにモチベーションが高いようだった。メンバーは腐っていない、良いことだ。自分たちがこれを解決できる能力を身につけて、今後も成長していける組織になれるのか。難しいところはある。ランダムにサンプルされたエンジニアをとりあえず、グループとした、というような同期のないチームがうまく開発できるのか。でも、開発プロセスについて考え続けるというクセは今後も必要だ。動機のないチームが激的に成長するわけがない、とメンバーたちが気づけばオレ的に最高だが。
仕事っぽいことをして肩こりがひどい。小さい頭痛、吐き気、目の奥が重い。お昼はカップラーメンと菓子パンを食べる、風呂にはいって、横になる。少し楽になる。
午後はくだんのふりかえりのアジェンダファシリテーターとして考える。なぜ、ふりかえりをするか、というアジャイルの基本を再度おさらいしたほうがいいだろう。まだチームとしてワークするにはコミュニケーションが未熟すぎる。いきなりオープンなブレスト型のふりかえりはできないだろう。プロジェクトの客観的メトリックスとメンバーの主観的感情メトリックデータを集めるところからか。そのデータの diff をもとに議論するならエンジニアとしてしやすいであろう。コードメトリックスはコミット行数、リリース数、バグの数、プルリクエストの数、そのコメント数と修正行数、プルリクエストの開始から終了までのリードタイム。感情データはプロジェクトイベント毎の喜怒哀楽、タイムラインぐらいか。この客観データから意見を出しあう。ポイントは楽しみだったプロジェクトがいつ苦痛に変わったか、というところか。苦痛になった以降は深掘りしても今の段階では意味がない。雪だるま式に悪化していく開発プロセスは笑いのネタにはなるが、メンバーにはトラウマを引っ張り出すだけだ。よし、客観データを集めるなかで心理的に柔らかくなってもらってディスカンションにはいってもらえたらいいな。どうなるかわからないがあとはその場の変化による。構想だけ練ることができた。つかれた。退勤しよう。なんもしてない。オレにはやくコードをかかせてくれ。

疲れ果てて、すこしぼーっとする。お風呂にはいる。お風呂で管理人の磯谷さんと一緒になる。夕方は磯谷さんが管理業務を終えて入浴する時間帯であることを知っている。ぐいぐい話しかけてくるタイプの方なので、日中あやがうるさい日は誰とも会話したくないのでこの時間はさける。今日は多少の覚悟をもっていた。何も会話なしであれ、何も会話なしであれ。視線を一切合わせない。身体をあらって誤魔化す。なんとかなれ。最近は潜ってますか? だめであった。でも覚悟していたので驚かない。これが突然だとパニックになるからオレは意気揚々と会話を始める。想定内。しかしこれがよくなかった。オレがオレを制御できない。相手を遮ってしゃべりまくること。だれかオレの上の口にチャックをしてくれ。結局、天気と世間話と新型コロナウイルスの話をしながら、二秒の間があったのを見逃さず、ではお先にといって風呂をあがる。ありがとう磯谷さん、むしろ仕事脳がシャットダウンできました。

夕飯は昨日かっておいた半額おべんとう。食欲がないのでちょうどいい量。そのあと執筆作業をする。二時間以上も書いたり消したり。ひどい文章をあやに怒られる。オレは舌打ちして、貧乏シャンパンを入れる。あやはオレに背中を向いておやつのポテチを食べはじめる。

ひどい一日だった。またこんな仕方ない日が来ることをじっと待っている。薬を飲んで練る。