去人たちを作れなくなったうつ病プログラマーの地方生活日記

創作に絶望すると、世界が反転した日記

8月24日(月)

土曜日は一日中寝て過ごす。毎週末恒例の疲労、倦怠感。それに加えて肩こり、めまい、吐き気、下痢、冷や汗。不定愁訴ちがう、不定愁訴ちがう、もっとなにか得たいのしれない力によるやつ。日曜日は早朝に目を覚まして少し散歩。そのあと技術書をちょっと読むがめまいが激しくてすぐに横になる。Amazon プライムで 来る を見る。見たあとにはてなが頭のなかで浮かぶ。原作のことを調べてやっと腑に落ちる。いわゆる映画化に失敗しっちゃた感じ。よく言えば原作を知らないと楽しめない。作業しながら見るのにはチョウドよい。土日は結局おもっていたようなことは何も出来ず。

土日に身体を休めていたので、身体の物理的充電は満タン。チーム作りのことをあるのでやる気もでている。今年にはいって一番調子がよいといっていい。あとはめまいと吐き気と肩こりさえなくなればいいのだけど。これが熱中症の後遺症であるならば様子見しかないし、無意識の高ストレスによる身体症状だとすれば悪化していくだろう。無理をせず待つしかない。
エクリプスチームでいつもファシリテーターをしていて思う。オレはとくにファシリテートを学ぼうと思ったこともない。でもなんとなくファシリテートは他の人よりうまいようだ。少なくともオレの周囲の何人かはファシリテートがうまい、と評価してくれている。論理学やロジカルシンキングもできて人並みである。数学の証明問題なんて解けた記憶がない。推測、組み合わせ発想力も高いとは思えない。なぜ、オレがファシリテートが人よりできるのかが分からない。
……そういえば、オレはファシリテートしているとき参加者の目を見ていない。リモート会議でもそうだが、リアル会議でも当然ほとんど見ない。ホワイトボードかPCの画面をみている。ファシリテーターとしては合ってはならない態度だ。でも発言したそうにしている、もじもじしているというのは目を見なくても身体全体の仕草を見ていれば分かる。これは視線恐怖から逃げてきたオレが身につけた能力である。しかしこれがファシリテートがが得意な本質的理由ではない。まったくないと思う。直感として理解されれている。まなざされていないところで行われる議論が、まるで小説のように感じられる。その世界においてオレはメタフィクション的人物として作中に登場しているように感じる。なるほど。ミーティングをしている前にアジェンダ(=物語の構成)ができあがっている。たとえば、起承転結という典型的パターンの構成である。そこに登場人物も分かっている。会議の参加者だ。参加者の人となり、知識スタック、性癖がおおよそ理解できているなら、起こる出来事は完璧にわかるわけではないがたいたい想像がつく。参加者から構成(たとえば起承転結)に具体的エピソードの要約、つまりプロットを想像する。自分専用の「起承転結」が正しいパターンを想像している。逆に言えば、アジェンダを作っているときに、自動的に典型的なパターンのプロットを作り上げている。古典的で使い古されて面白くもない、エピソードをしっかりイメージしている。そして、実際のミーティングではそうならないことを予期している。
なるほど、こういうことかもしれない。物語の理解しやすさ、読みやすさは、構成によって担保されている。たとえば、起承転結と呼ばれる伝統的で退屈な構成。さらに議論のテーマからAI的に典型的な議論エピソードを作り、自分のなかにインプットしておく。これは「原作」に近いものだ。原作は使い尽くされて陳腐化されていている。オレはミーティングからその原作を基にして Live な二次創作を引き出したい。それは予想もしないことがある。そういうものに出会うと、ワクワクするし、その先を見てみたいと思う。オレひとりではできない二次創作を一緒に作れたような気がする。だからオレはやりたくもないといっているファシリテーションをやっているときに、ときどき楽しいと思う。ファシリテーションはしたくてしてるわけじゃないんだからねっ! っていうのは嘘じゃないとここでも正当化しておく。
オレ用にメモすると、物語のフレームワークとそのパターンをたくさん(いまや、たくさんというのはおこがましいが)知っていて、かつ、まなざしを拒否しているからファシリテートがうまくいっている。これは直感的に誰にでもできることではない。だから、オレがファシリテートについて「特別なことをしているつもりはない」というのは正しくない可能性がある。ただし可能性うんぬんはおいておくとして、訓練すればできるようになる。本を沢山読んで人を嫌いになるだけでいい。さらにいえば、自分を殺したいほどに自分が好きなら、なお良い。まざなしはファシリテーションには毒である。関係はまだなく関係性を築きうるという可能性を留保しつつ、自己を投射できる「安全な力場」に飛び込んでみるというパフォーマンスなのだ。

仕事が終わったあとは夜の田舎道をゆっくりポタリング。19時にもなると真っ暗である。涼しくなると今度は虫が増えてくる。マスクしながら走る。気持ちいい。

ポタリングのかえりにハイパーマートでお惣菜をかってかえる。柵のお刺身が半額だったのでマグロとカツオをかって冷凍庫でストック。スーパーのお寿司はアレだけど半額だとありかなと思って買う。半額でお惣菜がたくさんかえたのでホクホク。

家にかえってお風呂。下痢でお尻の穴が痛い痛いになっているでじっくり浸かって血行を促進し補修を試みる。運動後の皮膚表面が異常に冷たくなっていたのでお湯が気持ちいい。自律神経も参っているのだろうけど、なんなんだろう。少しだけ湯船で瞑想。瞑想が気持ちいい。脳みそがとろける。身体あちあちになってお風呂離脱。身体をふく。この前、体毛をあらかたやっつけたはずなのにもう元通り。また足やら股間やらお尻やらお毛毛を刈り刈りしないと。

ソーダで割った白ワインを飲みながら執筆作業。肩こりがひどくてディスプレイを見ているのがしんどい。休みやすみ文字を書く。
病院からは頓服の眠剤しかもらっていない。今日は寝られそうな気がする。クスリを飲まずに寝る。

8月21日(金)

朝が起きられないスヌーズとの戦い。昨日何時に寝たのか覚えていない。寝れずに少しお酒を飲んだが、けっこう飲んでしまった気がする。土管に入ってワールドをチェンジするような時が必要なのです、オレには。抑圧しなければいいのだろう。でも抑圧は世界のせいではなくて自分の選択なのです。どのような世界に棲まうかを選んだ自分は、世界に自分以上の物語を求める傾向がある。自我と世界は浸透膜に隔たれて自我は世界に少しずつしみ出すようになっているのです。それは正しい力場ではありますが、自我にもミネラルを含んだ水分が補給されなければなりません。補給が足りていないと自我は枯死します。精神生活とは常に安定した圧、ストレスがかかっているエコシステムなのです。循環装置であり因果はそのループのなかで逆転すらします。心的エネルギーを移動させる差異にこそ注目すべきで、その過程の認知と自覚的な抵抗に私的小説的な楽しみを感じていた、昔のオレは。

朝のルーチンワークは維持できなくなっている。起きてベランダで日光浴をして重い頭を抱えたまま仕事に取りかかる。オレと丹波さんと浦野さんの超弱小チームの名前は、"シデムシ隊"に決まった。RMIチーム、CRMチーム、プロダクト開発チーム、それらの責務をこえたタスクを拾うチーム。臨機応変にどのような種類のタスクもこなす器用なチームともいえるし、ただの雑用チームとも言える。チームビルダーのオレは正直こまったなと思っていたのだけど、浦野さんがチームのムードを変えてくれる。誰もやりたくないけど十分に価値のあると言えることをやる。丹波さんがいう。でも最後には僕たちも"シデムシ"によって分解されなければならない。地獄少女にも聞かせてあげたい言葉である。このよくわからない自己犠牲精神、もはや自虐である。オレはこれをわざわざ制止する必要があるのか。およそ統計的に挫折が予測される期待は、彼、彼女の背景にある意欲はハイリスクハイリータンである。バランスが大事とか大人っぽいことをいって成長の伸びしろを制限したくはない。オレは未来を予測できない。誰も未来を予測できない。やってみたいと思うことはやるべき、というのが何よりも大事、ただし事後検証可能であること、事後検証が次のアクションへのインプットへとなりえること。不思議だ、浦野さんや丹波さんみたいなことを言う人、どこにでもいたのに、もう何年も出会っていない。彼らは本当に存在しているのだろうか。
それが「適応」ってもんだろ? あやが本を読みながら声をかけてくる。お前はもっと社会に適応しろ。あやはヘラヘラした笑みを浮かべて反論する。「適応すべき社会がない」、まるで煽るように、または挑むような目線。あやには物語的世界と現実的世界の区別がないようにみえる。それは幸せそうにみえるし、オレには不幸にもみえる。引きこもりっ娘のあるあるなのかもしれない。あやはリスクのないコミュニケーションができるようになった仙女のようである。奇妙な魅力があるのは事実だが、一緒に居るとただただ怖い。あやが黙っているとき、オレは本当に一緒にいるのがつらい。
シデムシチームのチームビルディングをする。オレはミーティングをリードするが強引なすすめ方をできるだけ抑制する。抑制すると時間が足りなくなる。だから強引に決める。バランスだ。いきなり安定した合議制を導入できるわけではない。オレが先頭をきって傷を受けながら後衛を引っ張る。ときにはその流れで後衛と前衛を交代してもらったりする。ビルダーはファシリテーターでもある。じりじりと後衛にさがりながら丹波さんと浦野さんが前衛の逆三角形スリーマンセル体制にもなる。議論が停滞すればオレが先陣をきるスリーマンセル体制に戻る。これを繰り返すことで、互いのポジションをだれがどう入れ替えても出来るようになっていく。

仕事がおわるとハイパーマートにでかける。半額のお惣菜をじゃんじゃん買う。カット野菜もかう。きょうは半額のお惣菜が多かったのでルンルン♪ レジが混雑している。大人のオレは余裕で待てる。列の間隔を開けてゆっくり待つ。会計が終わってさらに一つまえに進もうかという段階、おれは大人の余裕があるから急がない。だが残念、その列が進む間にできた列の間隔によって、オレが最後尾ではなくなった。俺の前に男性が割って入る。オレは口を開けて言葉を発しようとしたがとどまる。大人のオレは余裕で待てる。だけど、なにかが違う。混乱する。時間の問題じゃない。でもこんな小さなことで文句言う十四歳かっこ悪いだろう。ぎゃー大声で発狂したくなる。自分が小さい人間であることと、まったく無意味で価値のない葛藤、世界とはオレが作り上げているという事実、しかも小賢しい世界で、それを濫りに破壊してはならないのだ。忌避している安全厨であり共鳴厨となんら変わらないのだオレは。死にたい。

家に帰る。お風呂に入りたくない。疲れた。もうどうでもいい。お酒を飲む。執筆作業をする。

今日は飲まざるを得ない。クスリをのんで寝る。

8月20日(木)

起きた。倦怠感は少ない。お薬が効いているようだ。ライフログトラッカーを見る。睡眠時間は二時間。二時間? 25時からなぜかずっと寝付けていないようだ。でも記憶はない。やはり睡眠時の寝言を記録したほうがいいかもしれない。でも怖い。怖すぎる。寝ているときにオレが知らない誰かと話していたらと思うと怖すぎる。

仕事を開始する。Slack の未読がつまらない。良い傾向だ。じゃあ、オンラインで話しましょう、それで良し。非同期コミュニケーション、同期コミュニケーションの使い分けが大事。重要な判断はオンラインで行われるべきで、その決定の背景はConfluenceに残っていることが望ましい。でも日本では議事録を残さないのがヨシとされる。決定事項や決定の背景はどこにも残らない。そして決定の背景は失われていき、そもそも決定事項すら失われていく。この世界はどのような意思決定によって成り立っているのか、検証は不可能になる。すべては決定論的に出来ている。if などない。だから検証など不要なのだ。議事録は不要だ。純粋なコストでしかない。すべての議事録を破棄すれば良い。この世界はすべてが地続きで切れ目などない。すべて一回性で解釈の余地はない。それをそれそのものとして受容すればよいのだ。これがオレたちのオルタナティブな世界感だ。
午前中はスクラム本を読んでお勉強。今後のチーム活動にも役立つだろう。午後はワークしないスクラムチームの相談会。オレは第一に心理的安全性を挙げる。そもそも仲の悪いチームメンバーを仲良くするフレームワークではない。むしろ心理的安全性を前提にしたフレームワークである。それができてなければ、心理的安全性ゲームでもしてろ。L4D でもよし。第五人格でも Dead by Daylight でもよし。
吐き気は薄くなっているがまだおさまらない。つらい。ミーティングが終わって退勤する。外は暗くなっている。夏も終わろうというのに、まだこんなに暑い。
八時間とちょっと働いただけでこんなにつかれるのか。昨日は休んですらいる。いつになったらフルタイムではたらけるのやら。

身体が動かない。布団に横になる。20時ごろにちょっと起きてごはんを食べる。お酒を飲みながら執筆作業をする。クスリをのんで早めにねる。

8月19日(水)

吐き気、めまい、頭痛、下痢、死にたい、平熱。なんだ、ただの不定愁訴か、から四日ほど経過したが良くならない。会社をお休みして病院にいく。暑いしだるいし、仕事は忙しいしで抗うつ剤をきらしてから一週間ほどたっている。クスリが急にきれた離脱症状もはいっているかもしれない。朝七時ごろはまだエアコンなしでもしのげるが八時ぐらいにはるともう日射しに痛みが含まれるようになる。

名破まごころ癲狂院まで自転車で通院。心拍150以内ののんびりライドを心がける。負荷をかけたら一瞬で死んでしまう。汗だくになって病院につく。待合室で一時間余り待つ。患者さんが入れ替わり立ち替わり多いこと。診察が回ってくる。食木崎先生にはおひさしぶりと言われてしまう。別に他意はないのだろうが言葉の端々が気になる性分で生きにくい。仕事を目の敵にして生活しているので精神は安定してきたので困っていないが、内科的問題があるのではないかと伝える。きっかけになるようなことを聞かれるがぴんとこない。クスリがきれたのでその離脱症状とか、食中毒とかかなあ。熱中症ではないかなあ、と食木崎先生。そういえば、タンブルウィードでキモサベと戯れていたが相当しんどかった……やっちまったかなあ。吐き気がきついのでとりあえず吐き気止めだけもらう。食事がとれないとHPが回復しない。もう暑くてつらいので通院は一ヶ月後にしたいので抗うつ剤も一ヶ月分もらう。あと夜の眠剤を頓服にしてもらう。断薬したい。チャレンジ。いや、急に一ヶ月っていうとお医者さん警戒するでしょ。だいじょうぶだじょうぶ、お薬は減らしたいんですよアピールである。なんだろう、この人、自殺するかもっ!?って少しでも終われるのが嫌い。死にたいだけだ。誤解しないでほしい。
診察、精算まで結局二時間ほどかかった。調剤薬局に処方箋をオンラインで送信する。調剤完了メールをまってから移動開始。クスリをピックアップして家に戻る。往復一時間。

帰りはせっかく外に出たのだから外食する。バックウォッシュでランチ。宮内さんが明るくあいさつして迎えてくれる。何週間ぶりだろうか。オレは二週間もあけると、その人の目を見ることはできない。怯えた小動物といっしょで距離を縮めるまでには数日はかかる。他のお客さんたちが入店してくる。彼らは宮内さんに気軽に話しかける。世間話を自分発信で始める。宮内さんのお人柄だと人気なんだろうなあと思う。オレはどんどん萎縮してじっとしている。陰気でオタク、ねくらと言われるのは受け入れたはずだが、つくづく強がりなのだと思い知らされる。自分が惨めだと思ってしまう。陰気でねくらでオタクに失礼だとラベル付けした方々に申し訳なくてさらに萎縮する。オレがただ、惨めなのだ。ハンバーグランチは最高においしい。この瞬間だけはまわりのお客さんのことは忘れられる。会計を済ませると、宮内さんからバックウォッシュが閉店するのだと教えられる。悲しみ。では冷凍庫に入る分だけテイクアウトしてストックしておかないとと、どうかしている冗談を伝える。宮内さんは困ったように笑った。オレにはちょうど良い表情だった。秒に満たないほんの少しの時間、視線を交わすことが出来た。

ごはんをたべたのはいいが、吐き気が少しのこっている。布団に横になると吐き気が増すようだ。今日はエクリプスの打ち合わせがあったが、時間を短縮させてもらうために連絡する。ラーメン大好き河合さんと行方さんはやさしい。打ち合わせまで横になって身体を休める。
21時からエクリプスの打ち合わせ。身体を気遣ってくれてうれしい。オレの身体を気遣ってくれる人が表れるなんて、いつ以来だろう。オレがもっと価値のある人間になり、オレが死んでしまうことで不利益がでてしまうように人間になりたい。打算でも社交辞令でも嘘でもいい。気遣いの言葉はうれしい。オレがまるで世界に存在して居るみたいに感じられる。人間でいる間、存在できる。人間をやめれば偏在できる。
エクリプスの企画案から思うことがある。正統で伝統的ノベルゲームからオレたちは学ぶことが沢山ある。学びきれないほどにある。でも真面目にそれに取り組んでいたら佳作に着地しそうなのだ。すぐすぐ今とはいわないまでも、オレたちはゲームチェンジャーを目指したいのではないかということだ。かまいたちの夜弟切草のミステリー系ノベルゲームの萌芽期である第1世代、雫、月姫ひぐらし初期から動物的ポストモダン的ゲームチェンジの第2世代、AIR から All You Need Is Kill へといたるゲーム的リアリズム的ゲームチェンジが起こった第3世代。そこから生まれた現代的メタフィクションノベル系の第3.5世代。次のゲームチェンジが第4世代ノベルゲームになる。去人たちは先取りしていたなあ。第4世代か……どういったゲームチェンジが起こるのだろうか。

打ち合わせが終わると日付が変わっている。執筆作業をしたいが前回それで失敗した。今日は潔く寝る。

8月17日(月)

暑い、残業、暑い、残業などと言い訳を続けて通院を延期していたら先週の木曜日に抗うつ剤がきれた。眠剤は残っていたのでまあいいかと思っていた。土曜日、日曜日は体調が鬼のように悪くなる。気分ではなくて内科的な異常。吐き気、頭痛、めまい、全身がしびれるようような感覚が断続的に続く。布団に横になるしかない。これ、薬の離脱症状かもしれない。前にも似たような症状になったことがある。寝まくったら治るかと思ったが今日もまだだめだった。

体調、激悪のなか、仕事を開始する。オレたちの雑用チームはアイデンティティがない。だからこそアイデンティティをきちんと作らなければならない。チームビルディングが必要。そしてインセプションデッキが必要なのだ。雑草だから、きちんと名前を付けてやる必要がある。セプトアギンタのチームメンバーと話す。マーケティング部門のメンバーとも話す。社内SEチームのメンバーともはなす。CRM チームとも話す。インフラチームメンバーとも話す。基幹システムメンバーとも話す。各部署のメンバーに現在のプロダクトについてインタビューをする。各部署ごとに思っていることは全く異なっている。部署のミッションが違うから見えているものが違う、という程度ならよいのだが、そのレベルではない。まるで万華鏡のようにプロダクトは立つ場所によってまったく違って見えている。各部署に聞いて回ることで三角測量の要領で本当のプロダクトの位置を割り出そうとしていたのだけど、不安になってくる。でも、それは事実だ。その差異の中にプロダクトの真価も埋もれているかもしれない。かなり良質な生データを手に入れたし、その差異から自分が立っている場所も理解することができた。オレたちはこの場所からチームをはじめて未来のプロダクトがあるべきところにあるように、どの部署のメンバーもそれを見られるようにする必要がある。状況は悪いが前を向く。
インタビューからの情報をインプットにインセプションデッキの準備をする。すると笹野マネージャーからダイレクトチャットでお叱りのメッセージがとどく。部署を越境したインタビューは各人の時間を取るのでおやめください、というメッセージである。パイナップルで後頭部をいきなり殴れたような衝撃をうける。言葉ではなく、そのチャットのメッセージが強烈すぎて手が震えた。最近お叱りを受けることが少なかったもあるが、「なにをいっているかわからない」のである。インタビューイのみなさんはけっこうこういう機会がないので新鮮ですと概ね好評だったが、あれは社交辞令で半ギレで嫌々インタビューを受けてくれていたのかもしれない。いつの間にかオレは人を信用して、またどうでもいいことで裏切られてしまったのだろうか。拒否できないような空気でグイグイインタビューの時間をとって、オープンにしないほうがよい情報までオレは公開議事録で保存してしまったのかもしれない。お叱りを受けた恐怖、悲しみが時間をおいて怒りに変わる。心の中で笹野マネージャーに八つ当たりする。どのレイヤーの上層部が咎めたのかはわからないが、少しは反論してくれなかったのだろうか。オレがインタビューをしていることは知っていたし、それを止めなかったのは黙認していたのではないのか。チームビルディングのためという目的も理解してくれていたはずである。むしろ、上層のどっかの誰が参加しているかもわからない会議で欠席裁判のように裁かれるとはどういうことだろうか。文句があるなら、オレに直接いえばいいじゃないか。インタビューイも上にあげるまえに、私に直接いってほしい。三十分の自分の時間が奪われたことがそれほどに苦痛だったならオレにいってくれ。もちろん他人のことはいえない。オレも周りがみえていなかったもしれない。多かれ少なかれ多少はアドレナリンジャンキーになってしまうことはある。あなたが、直接、オレに注意してくれ。社内政治案件にはしないでくれ。オレに対する注意メッセージも、なんでダイレクトチャットにおくるのだ。全開発者がみえるチャンネルで叱るのが筋だろう。かくかくしかじかの問題があり、業務が阻害される要因になったので部署を越えたインタビューはしかるべきマネージャーを通して承認をえてから行うべきと、きちんと業務フローを規定すればよろしい。再発防止策は必要だし、きちんとそのルールのWHYを説明していただけるならそれでよい。私、ぷっつんしちゃいました。あやがまあまあとなだめてくる。怒りはいつかおさまるし、するとまた叱られた恐怖と悲しみが戻ってくる、見捨てられてしまった恐怖でパニックになっているんだよ、その怒りは口先だけで、本当は怖いだけ、落ち着いた方が良い。オレはため息をつく。せっかく面白い展開になったのに、あやは物事が元に戻らなくなる限界点をしっているかのように、ちょうどいいところで止めにはいる。つまらない。世界なんてなくなればいいのに。定時もなにもあったものではない。退勤する。

気分転換せざるをえない。自転車で海を見に行く。夕陽が水蒸気で揺らいでみえる。湿度が高すぎる。吐き気がすこし和らぐ。ぷっつんした頭がどうかしている。オレは変わってしまった。道交法ぎりぎりをせめた自転車走行をしている。警察官の職務質問にはできるだけ抵抗し、応援が呼ばれるぎりぎりで、バッグの中身をすべてさらけ出す。警察官はなぜ渋ったのかと疑う。ここで警察官が引かないパターンがある。それは引くに引けない状況にオレが追い込んだからだ。相手にもプライドがある。意味がないプライドだ。バカにされたことにたいする権力の行使。信頼関係のない間からでの権力の行使は破滅しかない。だれも得をしない。田舎道特有の裏道にはいる。信号もないし、優先道路を進む分には信号も一時停止線もない。世界が構成が変わっている。あの言葉、数文字で世界がこうも変わる。人だけでなくすべての事物がオレにむけて挑戦的だ。アスファルトのギャップ、剥離、震動、対向車、すべてがオレを攻撃するために向かってきている。オレは怒りを抑える。歯を食いしばる。ペダルを踏む。法定速度ギリギリ、制限速度ギリギリの無茶で生活道路を進む。身体中から汗が噴き出してくる。額から汗がしたたり落ちる。目に入る。メガネを汚して視界がにじむ。頬から落ちた汗がフレームに当たる。地面に落ちる。オレは制止していて、世界が謎の速度で進んでいる。どれだけペダルをまわしてもオレは制止している。世界だけがオレを追い越していく。タイヤが路面をなめる音。ギアチェンジディレイラーの音。フリーハブのカチカチという音。オレの喘ぎ。汗がおちてアスファルトにぴたんと落ちる音。機械仕掛けの夕陽がゴゴゴゴと重厚な音をたてて舞台から退場しつつある。オレはドロップハンドルの下を持つ。大きく生きをすう。オレは死ねばいい。誰かから押しつけられた怒りをまるで自分の怒りのように感じ、怒りの裏にあるオレを迫害している。怒りはオレの寿命を吸い取りながら極一方的な正義の砦を自己組織化させ、対話を拒否するための持久戦の構えをとる。悲しみを感じたオレはペダルを踏む。オレを殴るためじゃない。その沈黙の要塞を粉砕したい。二人乗りのあやが髪をおさえながら言う。あんたはペダルを回すしかない、誰にも復讐できない。あるいは自分自身に復讐するのとすれば、それはただの自傷でしかない。What do you think? オレは勾配九パーセントの坂を登っている。歯を食いしばる。息を吐き出す。口からはヨダレが流れ出るが気にならない。オレは獣だ。見えないヒルクライムに無謀な挑戦をする。百パーセントで踏み続ける。心拍が悲鳴をあげる。気管支がゼイゼイと異様な音を立てる。汗が滝のように流れる。足が死んだ。でも足はオレの持ち物だ。足が死んだ、というフィードバックは足の脳が決めたことだ。オレの脳はそれを拒否する。何故か涙が出てくる。感情失禁? いやどんでもない、過酷な活動に目からも汗がでてくる。ハンドルを強く握る。バーテープは最後の友達だ。等高線がプリントされたオレの自転車のバーテープは強く握れば握るほど勇気を与えてくる。上半身でダンシングを補助し、足は踏み込むことに注力する。ただ一定のリズムで、トルクが変わらないように、一定の rpm で。肺や心臓や筋肉がこれほどお荷物であったとは。彼らはオレという人間をよりよくするという目標に適していないメンバーである。オレは失望する。オレはトップダウンの命令を送る。お前等の限界はわからんでもない。でもオレたちの限界であってはならない。ウィトゲンシュタインだったらお前等は即刻抹殺されているぞ。オレは指揮系統が怪しくなってくる。脱水、薬物の離脱症状、吐き気、熱気、湿度、デッドゾーンの心拍数。死ねない。死なない。オレは死なない。死ねない。人は簡単に死なない。ゲロをはいたところで死なない。後部のキャリアに女子高生座りして風を感じているあやがいう。お前の生は安っぽい。議論ではなく、現実によって議論を中断することを正としている。議論に制限をつくっている、それはよい。でもその動機はひどい。死にたくないから。誰もがそれを知っている。でも人たちは優しいからそれを言わない。あなたはそれを薄々感じながらも拒否している。なぜならば、死にたくないからだ。こんなことを言われると、尊厳を木津付けられたとか、もっと詳細な個人的な理由があるのだという。でもね、死という言葉を最初にだしたあなたはどうやってもそこに失敗してしまったのだ。アナタは企投という言葉で、観察されているあなと、客観視あなたを分離しようと試みるかも知れない。現象学的な時間を頭で理解することに努力しながらあなたは賞賛しつつ、本心で拒否する。その拒否は醜く、その場しのぎで、陳腐である。この問題の根本はあなたはあなたしか知らない。あなたはアナタ以外を知っているといっている。でもそれはアナタと世界のこと。つまり拡張したアナタ。アナタの世界には純粋な意味でリビドーが不足している。その言及が不満であれば、リビドーは可換である。アナタは、定性である評価軸に逃げ、相対化、差異、差延をあえて誤用することで、この世界があなたの為に、アナタのためだけに作られて世界であるということで満足しようとしている。いじめっ子たちはオレをそんなこというなら死んでみて証拠をみせろという。オレはいじめっ子に謝る。死にたくない。あや、おれは死にたくないんだ。オレは弱い人間だから。
汗をだらだらをしたたらせながら、岬に到着する。息と整えながら夕陽を見る。沈め、沈め、沈んでしまえ。世界を闇で覆ってしまえば良い。二度と戻ってくるな。
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家に帰り、風呂に入る。頭が怒りで悶々としている。軽くストレッチして座禅を組む。今日は目を開ける。ただし焦点をあわせない。すこしうつむき何を見るわけでもなく焦点をぼかしながら何かを見る。湯船の下のタイルはフリースタイルの文様になっている。その模様は地縛霊、ゾンビのような顔にみえる。どうしてこうしてこっちにこないのかと、オレにいう。あやに言ってやったらいいというが、あやはいなくなっている。ここは男子大浴場であった。一旦瞬きをしてイメージを破棄する。こんどは別の怨霊がタイルに表れている。頬がごっそりこけしゃれこうべのようだ。薄膜の皮膚がしゃれこうべを覆っているようにみえる。早くこっち戻って来いよ。なんだよ、お前は自殺に成功した @lice のつもりか? それとも別の自殺が成功していそうなオレの友達の総代のつもりか? その脅しはよかった。でもお前たちは偽物だ。なぜなら、エロさがない。あとのとき、死んでも良いと言っていた友達たちは性別に捕らわれることなく全員が全員エロかった。それらの皮付きのしゃれこうべの幻像は、霊界の特殊詐欺集団のなれの果てであった。
いつの間にかオレの中から怒りが消えている。オレの怒りがどれほど小さな話か、という冷静な地点にたどり着いた。オレがやっていたことが誤解された、という自身はある。でもそれでいい。その誤解は当然だ。なぜなら、あなた方が想像ができないようなやり方でオレはこの会社を変えられるのではないかという仮説をたてているから。この仮説はあなた方に共有していない。だからオレのやっていることは、不合理であるし、非生産的であるし、組織的にコミュニケーションの混乱をおこさえるものだと認識した。完璧に正しい。オレはあなた方が仮説の要素、モブ要素になったことで満足する。あなたがたは正しく反論したいというなら、マネージャーを介さず、オレと話すことをオススメする。でもあなた方には無理だろう。上意下達は正しく行われる、ということに疑問を持ってすらいないだろう。あなた方は社員の何を人質に取っているつもりか? 現実なんて北風と太陽を極端ににカリカチュアライズされた世界である。「やるな」といえば部下が従う世界感をもっているとすればあなた方は幸せだ。無意味ではないが、効率が悪いから止めよう。決裁! あなた方は何が分かっているのか? リーンをどれほどど理解しているのか? 制約理論をどこまで理解しているのか? 非生産的、非効率、その言葉はそのままあなた方に返す。それすらあまり意味がないことを知っている。あなた方はそれの効果しか見ず、原理原則を理解しようとしないだろう。だから、オレは薄々知っている。アナタがたに純粋理性批判から始めなければならないことを。あなた方はカントを知って、形而上的な「ユーザー」概念を見る。形而上的な概念を想像できるようになって、形而下のユーザーについて自由に想像ができるようにする。さらに、両者も究極的には妄想のだという不安感、リスクを用いて進むべき道を選択するというチャレンジができるようになる。
オレは座禅を組み、焦点をぼかす。目はつぶるくらないなら焦点をぼかして見ておくほうがよい。呼気、湯船のタイル、自分の鼻の頭、湯船の波、すべてが遠くなっていく。統一が剥がれつつ。この先になにがあるのだろう。バラバラになった自分の外に何があるのか。バラバラじゃない自分を統合していた第十一の力とはなんだったのか。

風呂を出る。夕食は冷食ご飯を食べる。冷凍チャーハンと卵焼き、インスタント味噌汁。吐き気。吐きそう。離脱症状がここまでつらいとは思っていなかった。味噌汁が死ぬほどうまい。滝のように汗をながしたのだ、塩分がうますぎる。昨今の冷凍チャーハンも完璧であるが、塩と黒こしょうをふる。アスリート飯である。

執筆作業をして寝る。眠剤も残り僅かである。薬が切れたら GAME OVER になって十二歳あたりからゲームは再開できないものか。人生とは他者の視点において負け犬として惨めに死んでいくことでしかないが、オレはまだ負けていない。死ねない。