二日/三日坊主
android携帯を手に入れた。windows mobileとは違って本当によい感じ。sharpのwindows mobileが最悪なだけでwindows mobile自体が悪ではなかったことに最近気づいたが、もはや遅い。
あるものが過半数を占めたとき、それが実体になって本質と乖離し始めるってことであろう。社会システムは転倒の上に倒立して存在してる。
過半数を占めるような地位には立ちたくないものである。主導権をにぎるより翻弄されているほうが、気楽に楽しめるのだ。ニーチェ以降、別にそうでもいいじゃないだろうか。
さて、そんな箸にも棒にもかからない言葉の組み合わせ遊びはおいておいて、具体的に何かをしなきゃあならんと思っている。肉体的にも精神的にも、限界児童といってもいい、kow@suhito14歳。
限界児童として少し考えるのは、ひとつの時代の区切り、境界にいるという重圧と恐怖、そしてわずかな希望のような霞。
この時代になしうる何かを達成する最後の時間の中にあたしはいる。それはまるで死ぬための準備のようで、決心がつかない。知っている、決心がつこうがつくまいが、死ぬのだ。あたしはいったい何をしているんだろう?