kowさんは天ざる大好き

創作に絶望すると、世界が反転した日記

去人たちレビュー応答:その4

記事は沢山読んでもらえるように書かないとダメ、っていうこと、これ本当に大事だよね。どんなに素晴らしいものでも読んでもらえないなら、価値を発生しないんだから。 ね?
ところで、こんな冒頭ではじまる記事を読みたいと思う? いま、書き手自身はそんなことをひとつも考えていないのに引き込まれたなら、それは偶然だと思う?
などと、へんな導入から始めましたが、今日もレビューの応答をしていきたい。

個人的な見解の表明~批評とレビューと感想と

とても沢山レビューされている方ですので
(下記参照)
isumiさんのサマリー ErogameScape-エロゲー批評空間-
レビュー当時の「差異」などもあるのではないかと、いま、ここで応答する段階で自由に解釈してみようと思います。
作り手も読み手も等しく自由であって欲しい。


去人たちの点数は「80点」である。
なにか優劣を競う中で
「1位がいいですか? 2位がいいですか?」
と問われたらなんてこたえたらいいんだろう。
ある人は
「もちろん1位がじゃなきゃだめ!」
というだろうし、ある人は
「2位じゃダメなんですか?」
という人もいるだろう。
何に価値を見出すかという主観的な指標のなかで、「どんなコストを支払っても1位こそが最高の価値」というのと「できる範囲の中で2位という順位でも価値がある」という基準があっても何もおかしくない。
ただ、その主観的な指標をどれだけ多くの人と共有出来るか、ということは大事だ。

わたしは「批評」という言葉を、「過去と現在と近未来を含めて、最大限まで多様な価値観のなかで分析した1つの見解とその社会的影響を述べた言術」だと思っている。
だから、わたしは「批評的」にゲームをしたりしないし、小説を読んだりしない。知識的な制約、時間的な制約、それは様々だが。
正直、「批評家」という肩書きの可能性すら疑ってしまうぐらいだ。
一方、「レビュー」はもう少しカジュアルな言葉として捉えている。個人的な思想や趣向をしっかり意識した中で、自分のおおよその立ち位置を措定しながら一般的に分類された指標カテゴリの観点を軸に「主観的な中立性」をもって執筆される感想だと思っている。


そして最後の「感想」は「感想文」に代表されるような「楽しいもの」だと思っている。
自分の「感想」はだれがなんというと揺るぎないのである。「みんながいい」と思っていても、自分はそうは思っていない。それこそが「感想」だと思っている。
逆にいえば、それだけ原始的、根源的なものなんだとおもうけど。
「感想」はいわゆる「印象主義の悪い面」の代名詞になったような気がする。これ自体はすごく残念だ。「感想文コンクール」なんてものがあるとすれば、それは「感想」という文化にたいする挑戦を申し込む場でしかないと思う。

isumiさんの「去人たち」の感想(ネタバレ注意)

前置きが長くなった。今回とりあげるのは、下記の感想です。

isumiさんの「去人たち」の感想

レビュー観点は明確で、

システムの評価
テキストの評価
音楽の評価

で明確である。そこに対して豊かな知見のなかできちっと評価する筆致は真面目な印象をとても感じたし、個人的には共感を受けた。
とくに感想の部分では
「普通とは違う」
というな部分に価値を見出して強調してくれる部分には、うれしく思う。

これ以降いつものようにグダグダ感想を書きなぐる予定ですが、こんな私の感想を読むよりも実際にDLしてプレイしてみた方が手っ取り早いと思います。

ゲームをプレイしたあと、それを誰かに勧めたい思うことがある。そのとき名作を引き合いに出して「○○みたいですごい!」とかいうのは楽だ。でも、そういう類型にはまらないやつがいるよね? っていうのが「去人たち」であったらうれしい。

この作品人によっては0点にも100点にもなり得るのですよ。ここまで人を選ぶと断言できる作品は久しぶりかもしれません。
序盤でハマれば楽しめますが、そうでなければただただ苦痛なだけ。

これは率直な思いなんだろうなと、私個人も共感する。共感するという言葉を使った瞬間に、このテキストはわたし個人が所有してるかのような錯覚も含めて。
「去人たち」の採点をしてくれるひとが沢山いたとして、最小点は0点で最高点は100点だと思っている。少なくとも、0点をつける人は知っているし100点をつける人も知っている。問題は採点者数が沢山いることと、平均点、中央点、標準偏差である。去人たちはどちらかといえば「偏り」について顕著な傾向が出るのではないかと思っているけど、なんせ評価しようがないよね。

難解な表現が盛りだくさんで知恵熱が出そうになったり、単語を一々調べてゲームを楽しむどころではなくなったりするかもしれませんが、このゲームにおいて重要なのは何となく楽しもうとする心。
書き手が理解させる気がないお話を読み手が完璧に理解しようとするなんて無理ですから、適当に読み進めて何となく理解した気になって楽しむのもありだと思うのです。

「難解な用語」ってこと自体が当時は手法だったと思う。SFでは新語を造る。新語は物語の中で自動的に言術される。
去人たちでは精神病とからめた「マニエラ」がぎりぎり利用法としての新語になっているが、その説明も最低限だ。辞書をひけばかることは書かない、っていうスタイルはもはや「常軌を逸している」という考えもよく分かる。

そしてさらに重要なのはえげつない描写に耐えられる精神力

あっ。これって「去人たち」っぽいのかなって思う。逆接的にっていうことなんだけど。
「えげつない描写」ってどういうことなんだって思うだろう。
「人は大量出血をしたら死ぬ」は当然だし意外性もない。
<Aは大量出血のため失血死した>は分かりやすいし、疑いも差し挟む余地もない。(そのものの言術を疑わないという前提に於いて)
では、この死を<異化>なりの文学表現をしてみよっか♪
どの血管から、毎秒何ミリリットルの血液が吹きだし、その血液がどのように周囲を濡らしたのか、みたいものを表現することはできる。けど、それってあんま価値ががない。もし、それが事実であっても。そう、価値は事実に優先するんじゃなかってこと。

万人向けではないのでお勧めはしにくいのですが面白いですよ。

まとめると、そういうことですよね!!! わかる!!!
(作り手側がいうことかよ……)

〈このゲームを楽しめそうな人〉
・難解な文章大好き
・よくわからないストーリーでもなんとなくで楽しめる
・狂気と電波と鬱にまみれたシナリオ大好き
・グロOK!切断、ぐちゃぐちゃ何でも来い!汚物も平気だよ!←重要
・差別表現が許容できる(白○、メ○ラなど)

「難解な文章好きな人」っているよね。最近小説ではなくなったけど。
狂気、鬱、電波はたいした問題じゃあない。世界に境界線を引けるかどうか、読み手にその素養があるかということになるだろう。
え? グロ? 「去人たち」は12歳以上ならプレイできる優良なコンテンツです! ぜひ!(すっとぽけ)
え? 差別表現? 障害者の「害」はひらがなの「がい」でかこうよ! とかいってる人よりはまだマトモだと思うんだけど!

最後になりましたが、プレイする前にHPの作品紹介を必ず読んでおきましょう。
何の説明の無いまま舞台に放りだされて、プレイヤーが混乱しているうちにどんどん話が進んでいきますので読んでおかないと意味不明になります。
現に私がそうでした

すでに、いまのHPを見ても理解不能です。ありがとうございました。

以下、感想

レビューと感想を切り分けて書くとか頭が下がるおもい。

〈テキスト〉
感想書くときにはいつもシナリオから書き始めるのですが、今回はテキストから。
とにかく異質。おそらくこれ書いた方はプレイヤーに理解させる気がありません。
プレイヤーに合わせるつもりはねぇ!付いて来れる奴だけ付いてこい!!ついて来れない奴?そんなの知らん!!!そんな印象。
また所々鬼気迫るような描写や圧倒されるものがあり、読んでいて楽しくはないのですが引き込まれて一気にプレイしてしまいました。

「テクストの可能性」とかいったら笑われるんだろうけど、10年前だって笑われていたのだけど、「アート」としてテクストみたいなものが、微妙に変形しながら存続しえるのではないか、ということを考えさせられた。
ただ、「圧倒されている場合じゃない」んだと、いま、ここでもいう。

〈シナリオ〉
2つのルートをやって初めて繋がるものもあってああなるほどねーと納得もできますが、これは人を選ぶと断言できます。
多分理解しようとすればするほど楽しめなくなります。作り手が理解させる気がありませんもん。

考えるな! 感じろ!

全体としては鳥肌の立つような展開やわずかながら萌えもあり、個人的には好きなシナリオですが人にお勧めすることはないでしょう。

なんか、フロイトユングみたな楽しいエピソードを思い浮かべました。
実際、去人たちⅡの部分では、それを想像させるような部分があったのではないかと、「勝手に」思ってます。
ただ、「きまった1つの正しい解釈がないから、おすすめできない」というの違うと思っている。

対してⅡは一定の水準以上ではありますが、あまり評価していません。
読めば読むほどこちらまで狂いそうになるテキストと相まって狂気に満ち溢れていますが、展開がよくわからなかったので楽しもうにも楽しめません。
『精神病十種』までは異常性を堪能しましたが、それ以降、具体的に言うと○が登場した辺りからは頭の上にクエスチョンマークが出っぱなしでした。
登場人物が死んでいく描写は圧倒されるものがあるのに肝心な部分が語られないので気持ち悪さが残ります。
これはものすごく惜しい。
どうやら筒井氏の『虚航船団』のオマージュであるらしいので、それを読んでいれば理解できるのかもしれませんが、読んでいない私にはなんのこっちゃ?でした。
また、ⅠとⅡの繋がりが分からないので最初に混乱しました。

「虚航船団」知ってれば楽しめるよ! っていうのはたしかに在る。でも、そうでなければならないとはいってない。たぶん、ここなんだろうとおもう。
かくいうわたしも、小説はラノベ以外一切読まないところで、いきなり「虚航船団」を読んだ。なんも理解できないし、冗長だし、投げだそうと思ったが、<楽しくて>最後まで読んでしまった。

結局Ⅰのラストは何だったのでしょうか?

っていうか、そもそもどっちが正史なのか気になる。

普段なら書き手の独り善がりなシナリオ(所謂ライターのオナニーというもの)は私にはマイナスポイントなんですが、本作の場合プラスにせざるを得ません。
むしろここまで徹底されるといいぞもっとやれ!!って思ってしまいます。このサークルとライターさんにはずっとこの路線を貫いて欲しい。

そもそもオナニーでなければならないよね。

ところでプレイ後に気づいたのですが、この作品にはCGがありません。ここにCGが欲しいのになーと思うこともなくプレイしていました。

できるできないはおいておいて。
最後に自分がのたれ死ぬ瞬間を最高のアングルとかカットでみせらても、死ぬゆく当人はどう感じるんだろう。
たぶん、そういうことじゃない?
いや、あったほうがいいと思っていることは黙っておくけれども。

〈キャラクター〉
評価不能……。個性的といえば聞こえはいいですが、アレな人が多いです。

キチガイを差別するのはやめて! このキチガイめ!
今は反省している

〈音楽〉
ここで+5点するくらい音楽がいい!音楽のせいで未だにアンインストールできません。

もっと褒めたってください。
サントラがほしい!?
こちらでどうぞ(宣伝乙)
www.dlsite.com

非常に評価がしにくいですが、シナリオはⅠ80点、Ⅱ70点の平均75点。それに音楽+5点で80点。
商業では絶対できない同人ならではと言う作品のため好き嫌いが分かれると思いますが、興味を持った方はまずは一度プレイしてみてください。
たまにはこういう毒たっぷりの作品は如何でしょうか。

多くの作品をレビューしてくれた方がここまで評価してくれるのはうれしい。
新しい視点、視座、価値観的なものを持たなければ、自分がこれまで好きな作品も正しく興奮できないんじゃないかってね。
現状で満足できるなら、それでいい。

疑問点+雑談

レビューや感想なんていどうでもいいんですよ。

あの国民的アニメを垂れ流しながらプレイしていたせいか、プレイ中何度もタツヲをタラヲと見間違えました。
そしてそのたびにあの声が頭の中で何度も流れて、別の意味でおかしくなりそうになりました……。

いったい、なんのことでしょうか。
色川武大とか知らないです。

翠子がありすを認識できたのは義体だったから?
翠子やタツヲは何時自分たちの正体を知ったのか?
Ⅰのありすルートで何故実体のないありすが料理ができて、且つ主人公と一緒に食事もできたのか?

SF考証があいまいなのはいかんよ!
っていうか、その仕組み自体は最強すぎて…っていうことで……解決してない?
このあたりの説明ってさ、「そういうもの」ってかいたらそうなっちゃう小説もあるけど、科学的に妥当かはあるよね。
あると思うんだけどなあ(妄想)

Ⅱの疑問点は……ほぼ全て
一番の疑問は虎は何かの比喩表現だったのか?ということですね。後最後に猫が喋り出すのも分からない。
もしかするとこの2つは『虚航船団』にあるシーンなのかもしれませんが。

応答になっていないかもしれませんが「虚航船団」のラストは最高のシーンだと思っています。
1,2,3章を読んできて、あのラスト。
去人たちは形式的にそれをなぞらえたのはまちがいないとおもいます。ただ、それがどのような意味であるかは、ただのオマージュなのか、そうでないのか。それは読み手にしか分からないのではないかと思う。


唯幻論大全

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