kowさんは天ざる大好き

創作に絶望すると、世界が反転した日記

5月26日(火)

今日の朝の毛布はその実体に近い重さに感じられる。起きて顔を洗い歯を磨き、釜玉うどんを食べる。布団を片づける。毛布は毛布の重さを維持している。少しさみしくなるのはオレがウツでいることでメリットがあるということだろう。
気分が持続しているうちに外出する。ソロサイクリング。一日に必要な日光を浴びることと、何かをやったといえる実績を残す。羊鳥ヶ岳の裾をぐるっと回る道を中等度の負荷で回る。
家に戻ると駐輪場と隣り合ったゴミ集積場で声をかけられる。年配の女性? 誰だろう? 人の顔を覚えられない。ここは知った風で名前を引き出すか、それとも思い切って聞くか。オレが口ごもっていると察したように答える。磯谷の家内でございますと自己紹介され、オレも慌てて頭を下げる。たわいもない世間話をして別れる。たわいもない世間話ができる能力は誰もが身につけられる能力ではない。オレもめきめきと成長してきた。磯谷夫人との世間話で、オレは毒による継続ダメージを受けたことを自覚する。解毒するには大声で叫ぶか、アルコールを飲むか、山に自分を殴りにいくしかない。選択。軸をずらした問題解決方法は逃避。逃げちゃだめか。逃げちゃダメか? 本当に逃げちゃダメ? 逃げてみないのもいいだろう。吐きそうになりながら、受け止める。むしろそのまま日常へスライドさせる。オレはきちんとありふれたただの人間になりたい。ただ、このまま何もタスクがない状態では気が狂ってしまう。とくに生きている軸をずらさない日常タスクを自身に課す。オンライン飲み会の肴を買いに行こう。
我文町に移ってヤマシタさんと久しぶりに話した。オンライン飲み会をやろうということになり、美味い肴をお互いに送り合って杯を交わそうという計画になった。我文町らしい何かを送ろうと思っていたのだが、それが今、来た。我文町には「自由隊商交易市」という名破市の特産物や区域外の日用品や食料品が集まる市場がある。名破市の特産品はあまり区域外に出荷されることはなく、外にでるとしてもほとんどが、「自由隊商交易市場」へ買い付けにきた卸商の仕入れによるものだ。とはいえそれほどおかしなモノがあるわけでもない。特産であるズワイガニや深海魚がよく並んでいる。ネタになりそうなものとしては、本当の亀の手、ダイオウグソクムシの小型ぬいぐるみ、ダイオウイカの死骸を乾燥させた破片、詳細がわからないハーブティー、冷凍で売られている豚肉よりは高いし牛肉よりは安い謎な赤身肉のブロック。何らかの法律に抵触するのかもしれないが、ほとんどが即日に売れてなくなってしまうもので誰も気にしていない。
オレはネタになりそうなモノを避けて肴になりそうなものだったり、ならなそうなものを適当にカゴにいれて買う。ヤマシタさんは自粛生活でさらに料理の腕をあげたようだし、それでなくともそれ以前からこだわりの食材を厳選して絶品のおうち飯を楽しんでるとのことで、中途半端な加工品よりも素材を送った方がいいかなという感じで品選びをした。最後に初物のスイカを見つけたのでこれも送りつけよう。これなら間違いあるまい。
家に帰るがもうへとへとになっている。まだ昼なのに。ああ、そうえば今日は会社の笹野マネージャーとオンラインミーティングがある。復職にむけた相談だ。五分前からパソコンのまえでスタンバイ。緊張するのでコーヒーをいれて飲む。落ち着かせるというよりテンションを上げるための飲料だ。緊張するときはカモミールではなくコーヒーで攻める。これまでのやり方は変えない。
オンラインミーティングでも目を合わせない。一ヶ月以上ぶりで気恥ずかしいし、オンライン独特の間の取り方の難しさなどうまく話すが難しい。オレが休職していた期間の会社の状況のことを教えてもらう。あいもかわらず、のんびりやっているとのこと。オレはそのことに愚痴を言ったが、笹野マネージャーも他人事のように困りましたね、と。オレは治療方針を共有する。そして今後の業務遂行における心持ちを述べる。誰かを信用しすぎるのはやめる、損得感情をもって仕事をする、誰かに仕事をふる、勝手な期待を背負いこまない。会社へ期待しすぎない。笹野マネージャーは表情を変えずにそーですねー、と相づちをうつ。肯定するわけではなさそうだが、反論が返ってくるわけでもない。そのあと来月からの働き方を決めてミーティングを終える。もう数日もすればオレはきちんとサラリーマンとして働いている。あまりイメージができない。
午後は小松左京を読んだがまったく頭に入ってこず諦めてぼんやりと外を眺める。飛び出したらやっぱり気持ちよさそう。
復職の流れにそって、人事部長のマッキーから Slack でダイレクトメッセージを受信する。復職前に産業医との面談を行ってくださいとのこと。産業医? 休職するときに関わってないし、復職時になぜ? とくになぜ面談が必要なのか、何のための面談なのかの説明もない。仕事ができると思っていたマッキー、どういうことだって。仕方なくネットを検索してみると、復職時には主治医の判断と産業医の判断をすべしとのこと。ダブルチェック機能のよう。うつ病患者に信頼関係が気づけていない状態で面談する意味がわかっているのだろうか? 反社会性人格を持ってるオレなんてこの事実を知ってしまえばことさら揉め揉めの愉快な事態にして制度の欠点を指摘したくなる。みんなある境界線をひいて、あっちかこっちかはないちもんめをやっている。障害を判断しようとはするが、正しく判断する方法については無頓着。オレはオレに関心を持っていない人に、何もいうことはない。それがお互いのためっていうもんじゃないか。
「いったい、何と何の境界なの?」
くそったれな産業医に投げつけてやりたい。嘘だけどね。みんな善良で思いやりにあふれ誠実な医者であろう。脳みその組成分析や血液の成分や胆汁からの思考特性を分析に長けている。面談という不確実な方法はやめていい。これもお互いのため。
疲れて、夜はハイボールをのむ。ベランダでカエルの合唱を聴きながら飲むハイボールもまた格別。