kowさんは天ざる大好き

創作に絶望すると、世界が反転した日記

5月31日(日)

布団の上で目覚めたことを後悔する。生きるのは基本的につらい。でもそれをみんなうまくやっている。朝の儀式を一通り行う。トイレの汚れが限界に達している。トイレの神様に祈りながら掃除をする。日本は本当に糞便に対して寛容である。文化がゆるやかに肛門期に固着している。一方その反動で抑圧して生きづらくなっているものもいる。オレは後者だ。糞便が大嫌いだ。そんなことを考えていたら、トイレスタンプクリーナーをすべて押し出してしまう。一目盛りで手応えがあって止まると勘違いしていた。注意力散漫。洗浄剤がクレーターような形で便器に残ったがまあ困るものでもない。このままにしておく。

執務室の座椅子にすわりぼんやりする。状況、子泣き爺。強度の全身の倦怠感の事である。座っていることすら億劫で横になりたい。横になるとその重みでずっと起き上がれなくなる。結果が人間がダメになる。やり過ぎるのをそっと待つか、横になるか、飛び出すかして人間をやめるか、強引に散歩にでかけるか。部屋を占領状態にしたことで、敷居を作ってしまった。外は危険である。重みに耐えきれず布団に横になる。倦怠感が全身に分散し一体化する。つま先から頭のてっぺんまで倦怠に包まれれば、それは倦怠ではない。

目覚めると十八時。頭は重い。胃袋には小石が詰められたみたいに不快。病人らしい一日。それを否定するかしないかは自分がきめればよい。占領地帯をでて夜道を罰走とするか。葛藤しているとしっかりと闇が降りてくる。ここを走るのは難儀だろう。難儀すると思うと少しだけやってみようと思う。
夜になると車通りはほとんどない。街灯も四、五百メートルほとはなれてあるだけ。異界化した我文町は全身の皮膚にはりつくようにメッセージの圧をかけてくる。全身ありがたいお札でぐるぐる巻きにされた秘仏状態にされている。メッセージの圧さえなければ、異界化した我文町は美しい。湿気と冷気を混ぜた空気。カエルと虫の声。街灯と街灯の間の闇の濃淡。奇妙でどきどきする。
ライト一本では田舎道、しかも夜間の山道は厳しい。手前用のライトと奥を照射するライト、コーナーで視線に合わせて照らすライト、三本あると完璧であろう。オレは夜が怖い。

帰宅して大浴場に行く。先客のお兄さんと軽くあいさつをする。体中あらって湯船につかる。先客のお兄さんはまだ身体を洗っている。オレはしっかり自分の身体を洗っているが、せっかちなのかもしれないし、おにいさんがのんびりなのか。誰もいない湯船でストレッチとヨガ、座禅。座禅のころにはのぼせてしまい、いつも時間がたりない。脳内あついあついあついで集中できない問題。

お薬をのんで就寝。昼寝しているにもかかわらずすっと入眠。この状態、あまりよくない。