kowさんは天ざる大好き

創作に絶望すると、世界が反転した日記

7月7日(火)

サイン、コサイン、タンジェント。躁鬱三角関数はいま完璧に底だ。底に違いない。底であってくれ。脳みそが酒で死んでいる。酒臭いとあやはどっかに逃げていく。オレは羽根を伸ばす。朝になっても脳は少ししびれている。連続飲酒してないっていう言い訳はしてるが、習慣的に飲むのもアル中なんだよなあ。今日のスヌーズストップ大戦は、二時間にも及ぶ。オレの枕元でこのまま遅刻しちゃえば、明日もずっと休めばいいし。傷病手当はまだでるんだよ。がんばらなくていいんだ。優しい女性の声。好き。好き。大好き。はっとなって、スヌーズを止める。危ないところだった。
朝の儀式をやっている時間がない。顔を洗い、ひげをそる。仕事着に着替える。やはり洗い物を避けてしまった。食洗機の導入も考えたほうがいいかもしれない。

脳みそがぼんやりしたまま仕事開始。今日は開発部全体の定例がある。どこかのチームで有料のBIツールを導入したらしい。興味あるなら使ってみるといいよとアナウンスがある。暇だし使ってみたいので手を挙げる。BIツールをつかって匿名化されたユーザーのライフログ、ヘルスログとアイソレーションタンクのパラメータと結果のユーザー満足度の因果関係を見つけようとしてみる。データのインポートからやる。ディメンションの設定。設定が Java プロパティ形式で設定値が多すぎてなにがなんやらわからない。英語のドキュメントを読みながらあーでもない、こーでもないとやる。設定変更する度にインポートをやりなおしたりして効率が悪い。効率は悪いなりにチャットでも消化しながらやる。
VARチームの沓掛さんからメッセージが届いている。新しいプロジェクトのスラムマスターいねーんすけど。もしかしたらオレにも居場所があるのかな、と思ったが、安請け合いは禁物。オレにとって一番大事なのは一日八時間働けることであって、誰かの期待に応えることではない。沓掛さんも優れたエンジニアで自分が集中して作業できるために、それ以外が得意な人と働きたいというモチベーションだろう。すごく分かるが、それはチームではない。得意不得意はあるのをチームメンバーと共有しながら最強のチームを自分たちで目指すことが大事だ。マネージメントとテックの分業が明確だけど、自律性をもったチームではその境界はもっと曖昧であると思う。
表面的なスクラムからオレはそういう気づきを得たが、多分オレがいま入ってもそういった根源的なチーム改善は簡単ではないだろう。納期優先のなかで不安を抱えたままコードをかかずにチームビルディングをできるか? できないし、オレもやりたくない。不確実でアウトプットが見えないモノを信用するだけの材料がない。オレは多くは語らない。語ったところで誰にもとどかない。必要ならお手伝いできると思うので呼んでください、とプロジェクトマネージャーにメッセージを送る。
疲れた、今日の仕事は終わる。

運動不足、睡眠の質も悪いのかぼんやり感。風呂にはいってもとれない。ここはどこでもない。お酒を飲みながら、少し執筆作業をする。自己が動かなければ世界に動きはない。出来事を並べる。出来事への感想もひねり出さなければでてこない。ここがうつの底ならかまわない。なにも期待しない。明日、またなにかあるだろう。ほどほどに執筆を追える。
NHKオンデマンドなつぞらをみる。NHKの朝ドラは物語の定型として見ておく分には損はないと思っている。型を破り、自分の型を見つけるためにはいつも定型を意識する。現代においてこそ、ベッタベタで飽きもせず消費できるコンテンツを心底、理解しなければならない。一昔前は日本文学全集や世界文学全集を読んでいない作家は作家とすら認められなかった。小説は年代順に消費されている時代があった。しかしそれが不可能な世界がくる。指の数では足りない名作ができると名作をすべて追うのは不可能になる。小説の外の世界が生まれる。作品に対する前方参照、後方参照を外部の世界がになうようになる。作品は完全に同時代的に解釈されるものではなくその時々で自由に解釈できるようになる。たかだか、ここ二十年の話だ。でもそれは誤解されることになる。どれだけ多く読まれるか、そして面白か面白くないかという結果だけで語られる空間。受容者とAIだけの世界になり小説は死んだ。でも、その種の典型的な小説の死は好機ですらある。ニーチェが神が死んだと、宣言したように。ニーチェが神が死んだと宣言し、そのあと小説の世界は大きく動いた。閉塞した今、まさに動く時だ。そしして小説の死を再度目の当たりしたオレたちはNHKの朝ドラをみるべきだ。NHK朝ドラを過去から追っていけば定型の変遷がわかるので、貴重な資料となる。ただ一つ問題がある。NHKの朝ドラはみんないともたやすく結婚して子どもが生まれる。まあ、人が好きとか嫌いとか言い出したのは昨日今日のことではない。でもおかしいとは思わないか。あやはお酒が嫌いだが遠巻きにあきれている。あやは、でも嫌いだし、とオレを見て言う。そこは好きっていうところだろう、まったく。なつぞらもそろそろ終幕が近い。アートとしてのアニメと商業としてのアニメと感性を鈍磨させるアニメとしての手塚治虫への呪いと、いろんなサブテキストをちらつかせながら、どういう結末なのかが気になる。
そういえばエヴァの新劇場版を見ていなかった。とても良い作品だともっぱらの評判。時間もあることだし見てみよう。あやも帰ってきたので一緒にみることに。オレはお酒を飲みながら、あやはホワイトロリータとチョコリエール。甘いのちょっと羨ましい。エヴァだけに限らず、オレとあやはけっこう思い出が一緒のところが多い。映画をみながら旧作の話をしたり、美術、メカと兵器のきゅんきゅんポイントを共感しながら見続ける。あまりも盛り上がって「序」を見終わって「破」も見てしまう。お酒も進んでしまい時間をわすれる。やばいやばい、明日仕事だ。あやはチョコリエール全部たべてしまっている。少し残しておいてほしかった。

薬を飲んで、寝る