去人たちを作れなくなったうつ病プログラマーの地方生活日記

創作に絶望すると、世界が反転した日記

7月16日(木)

七時、目が覚める。やはり酒が抜けていない。悪心がある。胃が荒れていそうだ。頭の重さと眠気で目が重い。二日連続、最悪の目覚め。病気ではない。だけど、パフォーマンスなんて一切でる気がしない。布団からでて顔を洗う。冷たい水を飲む。洗い物をみてげんなりする。一分ほど立ち尽くす。そういえば、そろそろまごころ癲狂院にいって診察してお薬もらわないとなあ。受付終了が一六時で土日はやっていないのでお休みをとるか中抜けとか早退しないと受診できない。今日は会社をずる休みして、ゆっくり診察にいくのもいいかもしれない。オレは Slack にログインして体調不良でお休みの連絡をする。よほど休みまくってないのであれば、症状まで突っ込まれないので気が楽。
眠気を振り払おうと、もう一度布団に横になる。
十時に目が覚める。でも頭が重い。なんにもやる気がしない。感覚的には最近うすれていたうつっぽい倦怠感。予定があってよかった。なかったら多分布団の上で死んでいただろう。自立支援医療の申請控え、傷病手当申請書をもって家を出る。傷病手当を早く申請しないと生活できなくなってしまう。久しぶりにきちんと自転車に乗る。曇り空、風もなく、気温も低い。ちょうどいい。一つ目の山越え、軽いギアでしっかりケイデンスのぼり。苦しくて気持ちいい。峠をこえて下り。風が気落ちいい。自転車の下りの間隔は好き。バイクとも違う。自転車と人間がほぼ対等で頼りない、でも攻めようと思えば攻めていける。二つ目の山をこえればまごころ癲狂院だ。坂を登る。峠付近では勾配が一番きつくなる。ぜいはぁぜいはぁ。
車がオレの横をパスしていく。すると前でとまって中からおじいさんが出てくる。どうしたのだろうかななどと思っていると声をかけられる。オレはびくぅっとなる。一瞬、無視しようかとも思う。坂道のチャリダーは脚をつくことを嫌う。わかるだろう。すみません、すみませんと、すごく申し訳なさそうに腰をおって話しかけるおじいさん。道でも知りたいのかな。それ、電動自転車ですか? 前にほら、それがあるですよね? 電動自転車ってどうですか? 質問してきたお爺さんの世界が分からない。ボトルをバッテリーと勘違いしたのは分かる。急勾配だったのでそこを登っていたから電動という勘違いを助長したのもわかる。これが電動自転車だとして何をしりたいのか。電動自転車ではないんですが、電動自転車よいですよ、たしか速度が二十キロまではアシストしてくれてらくちん。こういう坂道でもすごくよいと思いますよ。はあはあ、そうですか。でも高いんでしょうか? 十万円ぐらいするんでしょうかねえ。実際に自転車屋にって相談してみるといいですよ。はあはあ、なるほど、ありがとうございました。おじいさんは頭を下げてお礼をいうと、車に乗り込んで行ってしまった。はあ、なんだったんだろう。あー、そういえばこの先に学校があるから孫にでも買ってやりたいのかな。田舎ゆえに自転車ほとんど見かけないし、電動アシストママチャリなんてみた記憶もない。あー、なんとなく質問したくなる状況が理解できたかもしれない。

病院につくと検温。非接触型になっている。待合室はけっこうな人がいる。今日は自己がうまく立ち上がらないのかそわそわする。人の「居る感」が強い。なんともない日はなんともないのだが。ソーシャルディスタンスでも「居る感」が強く居心地が悪い。目をつぶって寝ながら待つことにする。芝らしくすると病院スタッフから申し訳なさそうに声をかけられる。今日はタイヘンな日だ。なにごとだろうか。今日、新患の方おられて時間がかかるので午前中の診療時間に間に合わない、とのことだ。一瞬そんなことあるのかと思ったが、まだ薬のストックはあるので別日に来ますと笑顔を作って返す。先方が本当に申し訳なさそうすぎて、こちらが気を遣うほどだ。それに食木崎先生が診察に必要な時間をかけるのはむしろ好印象である。逆の立場でもそう合って欲しい。精神科医としていままでにみたことのない先生だ。前の病院では患者さんがたくさんまっている待合室で、いれかわり立ち替わり診察をこなして、自分が診察の番になると待っている患者さんのプレッシャーを感じながら要点を伝えてお薬の調整をする。それはそれでその診察室専用のパーソナリティーでしか伝えられなかった。自分の仕事もそうだ、できないことをきちんとできないと言える人が少ない。
せっかく女縄市にきたのだから、海でぼんやりしようと思う。食木崎先生の言うとおり缶コーヒーを買って岸壁に座って飲む。鈍色の空、霞が駆った水平線。コーヒーの苦い感じ、波の音、すっと通り過ぎる風。すべてがいっしょくたになって混じり合う。それは言葉で説明できない感覚。オレは泣きそうになる。すべては一回性なのに、次の瞬間には繰り返されているように思う。

家にかえって風呂に入る。休みだというのに頭の中は仕事で一杯になっている。追い払えない。ずーっとリピートしている。回答はない。回答はないからやってみるしかない。やるのは出勤した明日以降。今日は考えてもムダ。ムダなのに辞められない。オレは風呂で半身浴をしながら座禅を組む。脳内をフラッシュする必要がある。目をかけていると集中できない。目を閉じる。追いやる。自分の呼吸に集中する。それでも粘着質にやつらは脳内に張り付く。脳をかち割って仕事を取り出したい。今日は完全に有給休暇だ。オレは何をしているのか。苦労して瞑想をする。水の下たるを音を聞く。静か。だけど頭の中は騒がしい。騒がしさを認知しながら思う。オレには森田療法が必要なのだろう。手の届かないところに思いを巡らすのはやめよう。手の届かないところにあるものはつねにそのようにあるのだ。でも、待って欲しい、手の届かないところにあるものがまるで目の前にあるように見せたのは何ものなのか?

二十一時からはエクリプスの会議。序盤の十五分はアイスブレイクだが誰も話さない。これは雑談ですらないぞ。スクラムチームでもなんども体験した。雑談ができなチームは疲れているか、心理的安全性に欠けている。オレは多分疲れているのかなと思う。オレ自身もそうだ。どうしようもなく疲れている。ファシリテーターとして発言する。最近、忙しいですか? そこからみんな雑談してくれる。良かった。河合さんはハードスケジュールで疲れていて、行方さんは天気痛で地獄の生活をおくっているとのこと。当然だけど、調子悪いときに調子悪いというのは相当難しい。でもそれができないとチームはぎくしゃくする。今日は自分調子悪いですとオレだけがずっと言っていた。勇気とメンヘラ気質。結果、オレは休職した。それが独り言だったら意味がなかった。発話は希望である。誰かが声を発するときそこに細心の注目する。オレは。
シナリオの企画会議は良い感じだ。いきいきとした意見が出てくるし、否定的な意見も気負わずに発言できている。よい関係性だ。その意見すら理解できると互いの心理的安全性は向上する。議論の質は成長しているなと思った。
一部、去人たちの話がでる。ラーメン大好き河合さんも行方さんも去人たちが好きだという話。オレにはどうしようもない。オレは @liceではないし、@lice のように続きを書くことはできない。オレは @lice にたいする応答をする過程でオレなりに去人たちZEROのシナリオを作る「必要」があった。この過程をうまく伝えられない。伝えれないからシナリオで表現できたら良かったと思った。でも、その説明は必要だった。ここはチームでの創作の現場だ。オレは思う。去人たちⅠで失敗し、去人たちⅡで完成させた成功体験。個別の人間が対話をせずに個別に作品を完成させられるという異常な体験。オレはこの異様な体験が原体験となってしまった故に何も作れなくなったのではないか。作りたいと思っても @lice はここにいない。あやは昔からオレの書くシナリオにニヤニヤと笑みを浮かべて何も言わない。世界には正しいものはなく不確かなものはなく……オレには何もできない。
オレは笑って誤魔化した。いずれにしても去人たちZEROのシナリオどのようであれ、そのようでしかない、といきがるのが精一杯。そしてそれは間違っていない。でもエクリプスチームが目指す作品とはかけ離れている。ラーメン大好き河合さんと行方さんは去人たち好きを理由にフォローしてくれるが、どうかいているものに、あからさまな理由をつけてしまうとどうかしていない。

予定時間はオーバーしたがチームのふりかえりをする。ふりかえりいっか? というと行方さんがやりましょうというから心強い。ふりかえりこそが強いチームをつくる。ふりかえりをキャンセルしてスケジュールだけを立てようとするチームはゴミだからね。それはチームではなくただのグループだから。エクリプスチームはよいチームだと思う。サブカルっという通底があるにせよ、きちんとやるべきことにフォーカスして議論し、目的にむかって集中的に議論できるのは大人でもなかなかできない。

二十六時。ああ、明日仕事できるのだろうか。終わった気がする。今日も薬を飲んで寝る。