kowさんは天ざる大好き

創作に絶望すると、世界が反転した日記

7月21日(火)

六時に目がさめる。アラーム前。脳が軽い。気分も爽快。周りを見渡す。夢かもしれない。夢ではないようだ。あやは畳の上で本を読みながら寝落ちしている。ちょいちょいと起こして、二段ベッドの上に押し上げる。酒は飲んだが熱燗だけだったのはあまり身体に負担をかけなかったのかもしれない。睡眠統計は深い睡眠は三十分ほど。いつもよりはマシ。でも誤差みたいなものだろう。と言うことは、躁を疑わなければならないかな。つまらない人生だ。うつに備えるために躁を楽しまない。犬がいずれ死ぬと分かっていて家に犬をお迎えする。その感動はすぐに消えていくと覚悟しながらダンサー・イン・ザ・ダークを見る。どうせ人はいずれ死ぬのだからと思って大量殺人をする。つまらない人生だ。

仕事を開始する。誰もない。朝のSlackは静かだ。未読をすべて消化すればあとは何もない。たまに通知やBotが反応する。仕事に対してこれほど寂しいと感じるのは久しぶりだ。誰かを三日三晩引き回してどうでもよいコード改善をしたい気もする。瀧山や栞ならいいといってくれるかもしれないが、きっちり八時間以内でねと栞は言うだろう。これは仕事なのだ。一二歳のオレがどこかにいて、いま死のうとしているのだ、ちょっとぐらい無理はしたいと思う。でもそれも取りやめなければならない。躁じゃないオレはなんの責任も負えない。
粛々と一人で仕事をこなす。チャットで相談する、返ってくるか返ってこないかわからない返答。ブロッカーになる。イライラになる。コツコツストレスをためる。時間をかけて考えれば解答が得られるタスクではない。純粋な待ち時間。半日まっても返ってこない。もしかして担当者はお休みではと疑って休暇連絡チャンネルまでのぞく。オレはいったい何をやっているのだろう。なんてつまらない仕事なのだろう。このタスクをとめて別のタスクをやる。タスクスイッチ、脳のスイッチ……制約理論……虚無……。オレはもうダメだ。これを改善しようとするともっとストレスがたまる。失敗する。やめろ。諦めるんだ。やるとしても一人ではない。誰かとだ。
お昼。案の定、精神バランスを崩す。ハイパーマートの半額お弁当を食べて、ハンモックで仮眠をとる。仕事を忘れる、仕事を忘れる。イライラが消えない。オレは我が強すぎてどうにもこうにも制御できない。相手の事情なんてどうでもいい。結局、自分が気持ちよくなれれば良いのだ。じゃあ、それでいい、オレを気持ちよくさせてくれ。
午後は思い切ってを手を抜く。手を抜くと決めれば、他のタスクにスイッチしてもストレスは少ない。軽微なバグフィックスリファクタリングをやって頭を入れ替える。これは比較的よいメソッドだった。組織には部分的にしか貢献できないが、オレの気分転換というもっとも大事なことは達成できた。ただ、このタスクが完了するとその完了が全体におよぼした効果を考えてしまう。虚無……あまりにも自分が悲観的で笑ってしまう。どうせ死ぬって分かっているのだから楽しめば良いという説明はわかる。十二歳のころ実際にオレはそれを実践しようとした。うまくはいかなかったが。自己と体験が切り離せないほど密結合になっている。体験と自己を分離して考える必要がある。体験の総和、あるいはその変質した組み合わせで自己は語れるのか? さらにいえば、体験は記号化できるのだろうか。自己は記号化できるのだろうか。心的活動をモデル、記号化できるのだろうか。現象学的なその問いをやめて関係に注目する。わからない。混乱する。パニック。オレは思ったことをする、刹那的に。結果も責任を負う必要があれば負う。体験において、それオレだけの所有物ではない。オレたちが共同所有する。退勤する。

雨続きで癲狂院にイケていなかった。お薬のストックもほとんどなくなった。いかねば。自転車にのって山越えで癲狂院に向かう。ペダルを回そうとする。誰かがオレにムチを打つ。気持ちいいからペダルを回したくなる。ただそれだけのはず。考えすぎ。怠けていたし、甘い物、お菓子をさんざん食っていたので体重も増加している。今年だけでプラス八キロ。デブりん。高湿度の山道。汗が噴き出て頬からしたたる。全身ずぶ濡れ。おしりが汗で気持ちわるい。サイクリングショーツはいてくるんだった。癲狂院につくと汗だく。受付終了時間ぎりぎり、汗だくで受付をすませる。全身ずぶ濡れ。水着でも着てくればよかった。お尻の汗もすごいので椅子に座れない。座ると椅子に汗染みが移ってしまう。がらがらの待合室のはじっこで立っている。みんな興味津々でオレをみる。いえーい。あ、自己が起動している。うんうん、逆に入ってきた人を見て見ちゃったり。身体の不快感がすごい。汗がひかないからどんどん浸水していく。診察までの待ち時間はだいたい四十分。ちょうど汗も引いてくる。次は着替え持ってきたほうがいいぐらいだな。名前を呼ばれて診察。久しぶりに食木崎先生を見た気がする。遠くからでも先生の圧がすごいので自己が起動している。いきなり視線を合わせることはできない。扉をあけてよろしくおねがいします、というお辞儀をして視線を下に落とす。足許から視線を上にもっていってコンマ数秒目線を合わせる。ぎょっとするほど強い視線なので、またお辞儀をしてどーもどーもお久しぶりなどといいながら視線をはずす。それを繰り返す。徐々に視線に慣らす。そのうち緊張が最高潮をこえて頭が沸騰するので、あとは視線をガン見しながら話せばよい。それで、仕事はどうですか? という質問からはじまる。ストレスはたまるけど、まずますです。ただ残業なしでもフルタイムで働くと疲れがひどいので週四で働いていますと伝える。先生はがっかり、あるいは心配、どちらかの表情をうかべた。それが社交辞令的な対応ではなかったので、意外だったのかなと想像する。前回の診察ではいけるっていけるって!っていう雰囲気だったので、見立てに違うところがあったのかもしれない。休職中で働きたいあまりに仕事が楽しいですと伝えたのが、先生の判断を間違わせてしまったのだろう。この通り、仕事はイライラだらけです。仕事はモブワークでやってるんですか? という先生の質問には正しい情報を伝えないといけない。時短で働いたりするので以前のチームで働けていなくて、基本的には一人です。いろいろイライラするところは増えました。これで先生の見立ての整合性は担保できただろう。オレはエクリに視線を戻す。エクリは外の世界をつなげてくれる。エクリは診察室における間世界。オレは食木崎先生に転移がひどいな。まあ、どこでもそうだったのだけれど。あとは自分なりに俯瞰して自分の精神状態をつたえる。低調な気分が続いていて、でも困るほどではない。雨が続いてバランスを崩して今は底だが、まだなんとかなる。気分は良すぎるよりは多少低いぐらいのほうが良いと言われていますから気にしないでください、というアドバイス。あとは酒量の質問。増えて困っているというと、血液検査しましょうかと。あっ、そういえば食木崎先生は精神科医だけど内科医だった。不信感。不信感が出てしまったらしく食木崎先生もなにか慌てた様子。それがなおさらオレに不信感を増長させる。オレは頭痛とか悪心とか動機、肩こり、発汗の自覚症状はある。切り分けのために内科的な検査を念のためにやってみましょうといってくれたらいい。オレの酒量の伝え方があまりに嘘っぽかったから腹部エコーと血液検査しようとしてるよね。まあ、やっぱり少なく伝えたしそりゃあ、身に覚えはあるが、痛くもない腹を探られたくはない。いや、肝臓は沈黙の臓器だから痛くないのだけども。先生はオレがアルコール摂取量を気にしているのだろう。アルコール依存症の患者が正しく酒量を申告するわけないのだから、客観データは欲しくなる。オレでもそうする。アル中は自分は問題ないと思っているからね、死ぬまで。
診察が終わると疲れを感じる。少し頭が痛い。この頭痛は心因性じゃない。脱水症状だ。毎年夏になると、自転車にのって頭痛になっている。夏は喉が渇くまえに水分補給しないと頭痛がでる。パターンは把握している。今日は補給が足りなかった。とりあえず水を飲む。
女縄市まできたので、オレの生命線、冷凍食品を買いだめして帰る。一人暮らしの冷食ぐらしだけでもブログがかけるのではないか。コンロよりレンジ主体で生きている。
夕暮れ、我文町にかえる。マウントしたスマホから音楽をながしながら帰る。小谷美紗子が流れきて不思議に思う。十三歳以降、小谷美紗子の曲を聴いて泣くことはなくなった。夕陽を見て泣いたり、月をみて泣いたり、映画をみて泣くことがなくなった。そんなオレは生きている意味がごっそり奪われてしまった気がする。十四歳になれば同情混じりの優しさを冷笑で応答することができる。つまらない人生だ。

家に帰って真っ先に風呂に入る。身体がベトベト。お二人先客がいる。身体を洗って風呂に浸かる。自己が暴走している。独り言が自然ともれる。自己のバランスを保とうとしている。聞かれたところであまり問題ないと思ったので続ける。普通じゃないけど、仕方ない。そのほうが安定する。結局、気分は最悪。うつの底と思われるところにたどり着いた。むしろ、底であってくれ。
あまり選択したくないが、今日もお酒で自己を喪失する選択。冷凍食品のおつまみを解凍してハイボールを飲む。

薬を飲んで寝る。