去人たちを作れなくなったうつ病プログラマーの地方生活日記

創作に絶望すると、世界が反転した日記

たぶん、9月28日(月)

スヌーズとの戦い。20分の死闘はオレの意思によって決着がつく。スマホスヌーズをやめ、再び二度寝の体勢へ。しかし、スヌーズを止めたからこそ寝落ちするわけにはいかない。スヌーズをやめると決断したときオレはオレを試した。枕に顔を埋め心地よく思う。仕事なんて糞食らえだ。オレは右手の拳を握りしめ自分の側頭部を殴る。このダメ人間がっ! 死ね、死ね、死んでしまえ!! オレは泣きそうになる。すみません、すみません、生きててすみません、起きます、起きます、オレが惰眠を貪っていいわけがないです、すみません、すみません、いますぐおきます、ごめんなさい、ごめんさい、痛いから殴らないでください、オレが悪かったです、どうか許してください、許してください、許してください……
頬に青あざが出来るのではないかというほどに傷みを感じる。歯を磨く。磨き終わりに口の中のものの白いモノを吐き出すと赤みがかっている。

仕事を始める。孤独だ。でも孤独は友人だ。親しい友人との会話は幸福感がにじみ出る。これが承認欲求が満たされた状態なのかもしれない。あるいは、無根拠な多幸感と呼ばれるものかもしれない。実体のない幸福感は脳内ホルモンの問題かも知れない。毒が脳内ホルモンに左右する。タバコ、アルコール、咳止め薬、覚醒剤ヒロポンリタリン抗うつ剤メジャートランキライザーマイナートランキライザーロボトミー手術、電気けいれん法、宗教、哲学、デスメタル。一週間前の自分と今の自分がどう違うか、説明はできない。多幸感があるならそれでいい。根拠がないなら、オレが明日、死んでいたとしても驚かない。どんなに惨めに死のうが、糞尿たれながし脳症ぶちまけ系の死に方だとして、死んだオレには認知できない。死の直前の認知は再現不可能であり、再生不能だ。恐れるのは生物として自然だ。だがどれだけ恐れようとそれを理解することは不可能だ。オレは「明日死んでも良い」というタイプのパッシブ型の現存在を好きになれない。絶対に死にたくない状況で死を受け入れるソリューションの構築、止揚できる現存在が好きだ。それこそが人間性の極限、臨界点だと思える。
オレはまだ午前の素面な状況で仕事そっちのけでこんなくだらないことを考える。ルサンチマンがあふれ出ている。自己正当化するために、隠蔽して隠蔽してオブラートにつつんでオブラートに包んで、結局なにをいいたいか分からない、誰にも伝わらない思考。支離滅裂なのではなく、言語化していない観念の表出。古代日本史においてそれは奥ゆかしい日本的な表現だと美化されてきたが現在においては無意味、無価値の代表格だ。それを孤独の原因にするのは完全な逃避である。さて、これで無限ループの完成。半永久機関
丹波さんや浦野さんと Zoom で簡単なお話をする。シデムシ隊の士気を鼓舞するかない。士気が低いのはオレだけなのだけど、それをけどられるわけにはいかない。Zoom を切断すると当時にため息を吐く。もうちょっと我慢すればウツ期を脱せられるはずだ。

仕事がおわる。この部屋から外に出ることが何よりも大事。この部屋には居るだけでSAN値が削られるデバフがかかっている。正確にいうと、オレは常に汚染物質を放出している。それは数十時間で無害化される物質である。その有害物質は密度が高ければ高いほど有害度が指数関数的に有害度が上昇する。有害物質1の状態で有害度が1とすると有害物質が倍の2なったときに、有害度は4になる、そういうことだ。長時間いればいるほど、オレはSAN値を削られ発狂してしまう、という簡単なゲームだ。ドラクエのレベル上げに置き換えよう。レベル上げでHP[やMPが減っていく。宿屋に泊まって回復する。単なるそのサイクルのことをいっている。宿屋に泊まるにはゴールドがいる。もし、そのゴールドが異様にたまりにくいモノだったら、と想像してほしい。つまり、オレがこの部屋から出るために必要なコストが高すぎて「詰んでしまう」ことがありうるのだ。外にでるというのはとにかくMPを必要とする。醜悪な肉体、姿態を見らることに対するダメージ。話しかけられるリスクの発生と話しかけられたときの非人間的受け答えしかできないという低品格のレッテルの恐怖、および、それらの一次評価の拡散による地域全体における生きやすさの低下。地方ではいまだに口コミが優位であり絶対である、というのはオレの認識違いならいいのだが。

サイクリングは勾配多めを選ぶ。人生のなかで自分が自分でお腹のポヨポヨを楽しむのは今だけにしたい。自己身体イメージというが、ポヨポヨになると確かにオレジャナイ感は分かる。デブがどうこうではなく、いままでと違うシルエットというがやはりでかい。一方、腰がくびれているほうが良いなんて、近代的な話でしかないのに、自分がデブると気になるんだな、というのはやはりショックだ。この姿態の自分を許せないと思っている自分がいる、良くない。医師から健康問題を指摘されているのならまだしも、「醜美」のコンテクストで語られるのは危うい。オレは誰彼から見ても美しく生きたいのか? 恥の多い生涯を送るのは悪なのだろうか? 明日、我々はナチスと別名の政党支持しないとなぜ言えるのだろうか?

耐えられない、今日はお酒を飲みたい。オレと一緒に酒を飲む。クスリを飲んで寝る。今日は死んでもいいかもしれないと思う。ODをやりまくった俺はクスリの処方期間をかなり厳しく制約されてしまった。地獄の胃洗浄なんのその、絶対に死にたくないのでワンチャン助かるクスリの量の大量服薬だけが俺の唯一生きている感じを実感できる行為だ。死ぬかもしれない、おそらく死ぬだろうというのなかで、一錠一錠をロックの響12年で流し込む。人生最良の瞬間だ。こんなうまい酒をマイナートランキライザーをつまににしこたまのめるなんて。最初はクスリの量を覚えていたが、途中からはおえていない。ナッツ缶を無造作にだしてその山を崩していくように淡々と飲んでいく。ガリガリと噛んだり、舌下投与してみたり俺は俺を楽しませる方法をしっている。

意識が薄れていく。これは死とは関係ないんだなとつくづく思う。まぶたをあげるのがつらくないり、時間経過とともに意識レベルが低下する。吐き気もない、悪心もない。ただ世界がまったくに静寂になり、その静寂のなかでしーんとした耳鳴りだけがしている。一応、致死量を計算した。俺はクスリをのんで思う。なんで、俺が死ななくてはならないのか。死ぬのはお前ら全員である。俺を虐げ、嗤い、殴りつけ、蹴りつけたお前たちだ。でも死んでしまえばそれもない。それもなくなるのだから死ぬ。俺は消費されたり、だれかの憂さ晴らしとして役に立つことができた人生である。気持ちは徹底的に挫折し、思っていることは一つもいえず、相手がいっていることが違うと思っても一切反論できず、ただいいなりになっている。反撃? 反撃なんてない? むしろ反撃の結果、俺は何をえるのか? 瞬間的な憂さ晴らしと、それが連続的にうまく言えば連続殺人犯としての歴史的称号だ。そんな称号、俺には身に余る。人類が等しく滅びればいいのにな、とは思う。どん底だろうと有頂天だろうと人は死ぬ。死ねば良い。これは社会への参画ができなかったものの恨みだ。逆恨みというならそれでもいい。それには逆恨みではない。ただ、結果的に正しくおれはここにいる。死ねば良い。死んでしまえば良い。あらゆる、ヒューマニズムがことごとく残酷に踏みにじられ、醜悪に死んでいくのはただしいリアリズムだ。俺が間違っているという正しいことを言うヤツが大嫌いだ。なぜなら彼らは正しいからだ。反論できない正しさを振りかざすやつは死ねば良い。オレたちのような精神的に型にしばられたものを奴隷にするコードだ。

去人たちの続きなんて作れない。もう世界がスライドしてしまった。書き手も不在だ。
原初の体験は異常な事ばかりだった。しかし、いまは異常なことがない。異常さが、俺に限界を突破させてくえrた。だが異常者の alice はいなくなった。俺はただ俺だけで異常者にはなれないし、@lice の特殊能力を異常なまでに高く評価している。理論。論理、常識を越えたキチガイで、この世界が大嫌いだった alie の作品は彼のその性向が強くでていたとおもう。根底にあるダークサイドをそこそこうまくカモフラージュした。そこは最後の良心だったのかもしれないし、企みだったのかもしれない。去人たちⅡはどうかしている。

おれは alice がいっていたようにもうちょっとカジュアルに死にたいと言っていきたい。
死にたがりの人間が自由に発信できるようになりすがたせいで「しにたい」はほとんど絶滅してしまった。とくに「しにたい」の軽さを問題にする方々もいる。そういった、ことによって緊急性のある命を救えないという人たちもいる。しぬつもりもないのい「死にたい」というな。「死ぬなら勝手に一人で死ね」「死んだほうがいいよ」:
それらの匿名のアドバイスは正しいように思える、すくなくとも俺には。俺は「死にたい」といい、俺は「死にました」という記事はほとんどかかない。予約投稿すればいいのにね。

残念ながら「死にたい」という言述は、過度なコミュニケーションでしかない。余計なこと言わずに勝手に死ね、をしないのはそこだ。わたしがODで自殺を企てたとき、誰にも連絡しなかったのに似ている。他者に何の希望もないのだ。一名をとりとめた俺は精神病院に措置入院となり、そして主治医にガチ切れされる。

一度、死にかけた結果思ったことは、やはり、死ぬ前につくりたいものがあること。評価は一切、本当に一切どうでもいいこと。俺が反社会性人格であり、ゴミ屑みたいな支離滅裂なテキストを並べてもなんともおもわないこと。ゴミクソみたいな痕跡をただ残すことは面白そう。法律に離反しないていどにもっともっとバカみたいなことをすること。
どうっせ、死ぬ。