沈思黙考
じっくりアイディアを練りたいと思うことがある。
どんな創作活動している人でもそう思っているだろう。
時間があるのでさっそくやってみようということであたしも挑戦してみた。
なにせ、12歳のころにはそんな「沈思黙考」といえるようなことを実体験として行っていた気がするのだから、モードにさえ入れればなんてことはないはず……だった
すっとあごに手を当てて、なんなら考える人のようにぎゅっと身体密度をあげた格好で考えてみる。
するとどうだろうか、あたしの中にはインターネットに接続されて仮想的なアダプタが差し込まれていて、心身がアイドル状態になると自動的にアダプタ経由でフェッチしようする、ということが発見された。
沈思黙考などはどだいむり
日々そんなことをやってきたことにより、身体内に特有の神経回路が形成され、思考をおろそかにしてフィルタばっかりしていたので、あたしは自己を喪失し、実体としてはフィルタに成り下がってしまったわけである。
フィルタし、インデックスし、そこで判断は中断し、インデックスされた情報に対する評価、判断をまた外部からとりこんでそのインデックスに関連づけるという自動機械である。
こんなことすぐにやめなくちゃいけない。
情報は知っていてもかまわないが、判断をやめてはいかん。