kowさんは天ざる大好き

創作に絶望すると、世界が反転した日記

5月19日(火)

脳みそは重い身体は直ぐに動く。起きしなの凶悪な倦怠感は減っている。環境が変わったことが要因だろうか。もしそうだとしても一時的なものだろう。永遠なんてないって誰かがいっていたではないか。そうだ、この段ボールだって永遠ってことはないんだ。段ボールに押しつぶされそうになっている布団から起き上がる。
簡単にシリアルを食べて片付けを続ける。痕跡を消す、消す、上書きする、上書きする。拭き掃除、拭き掃除。収納、収納。破壊。消してやる。

今日は十三時からは同人ゲームの打ち合わせが入っている。
以前、ネットのお仕事でお世話になったマルチクリエーターの行方(ゆくえ)さんからゲームを作りませんか?とのオファーがあったのだ。最初にそのメッセージを見たときは「無理」の文字しか浮かばなかった。部屋のベランダから飛び出さないでいることだけで精一杯で、キーボードの打鍵すら難儀する強烈な倦怠感にまとわりつかれていたのだ。薬の量は、ふりかけ大好きなオレがのりたまをふんだんにご飯にかけるその量を遙かに超えていて、副作用で平時でも半覚醒状態だった。虚構どころではない。リアルこそが愉快で無責任にゲラゲラプレイできるリセットゲーなのだ。仕事も休職しているし、余計なことで復職に差し支えるのも不安があった。収入がゼロになったら助走ゼロで難なく飛び出せる。
オファーをもらって数日、理由もなく助走したくてしかたなく緊急避難的にお酒を飲む。既製品の松前漬けを肴にぼんやりと考える。もし体調が良ければ引き受けるのだろうか。去人たちのような個人中心の製作ではなくて協働して製作するということが可能なのかどうか。とくに同人らしい情熱ととんがった表現をある程度の合議を経て製作可能なものなのか。ひとりの熱狂者がその熱狂の中でメンバーを率いて作品を作り上げるしか異常な作品はできないというのが思いにあった。一方で、オレが複数人の熱狂者のなかの一人となったとして、オレは何ができるのだろう。去人たちの実験は概ね成功し、しかしZEROをつくるまでにユーザーを引き上げることはできなかった。そして熱狂は仕舞いになった。いや、去人たちはZEROをつくるべきなのだ。去人たちの続きを作りたい。
思考は酩酊に任せてぐちゃぐちゃではあったが、創作の近くにいることはきっと去人たちに良いことがあるのではないかと根拠のない着地をみせた。とりあえず話を聞いてみようと、行方さんに返信をする。
メンバーは、声をかけてくれた行方さん、そして行方さんともネット上で創作コラボもしていてつながりのあるラーメン大好き河合さんの三名。河合さんは女性のイラストレーター兼マンガ家で今は女子向けの商業マンガを書いているらしい。顔合わせでマンガのタイトルを教えてもらったが存じ上げず、上手く返すことができず気まずい思いをした。それでなくともオレは女性とはあまりうまくコミュニケーションがとれない。
打ち合わせはすでに二回行っている。過去の二回とも、話を聞きに来たというスタンスを明言せずもじもじしていたため、オレが参加前提で何をどう作ろうかという話になっていた。オレはたまりかねて「いや、死ぬから、死にそうだから」と伝えるとラーメン大好きな河合さんがいやに真面目になってオレの泣き言をきっぱりと遮る。
「まあkowくん、落ち着きたまえ、まだ始まったばかりではないか。やめるって? それはいま決断するところかな? 君の敬愛する西堀榮三郎はどういっていたかな?」
オレはぐぬぬとうなる。河合さん、なかなかのくせ者である。
「『やる前から駄目だだと諦める奴は、一番つまらん人間だ。自分を蔑むな。落ちこぼれほど強いんだ。まず、やってみなはれ』ってこと? わかったよ、もう少し続けてみる、でもオレがいる前提だけは困るんで、それはお願いします」
河合さんはそれでも少し不満そうだったが、物事が前にすすんだので良しとしたようだった。オレはこういうきちんとした大人に劣等感を覚える。

今日は三回目の打ち合わせ。ネットの音声会議で行う。仕事でスクラムマスターっぽいことをしていることが多く、知見があるとのことでファシリテーターはオレがやる。
「何を作りましょうか」から始まった打ち合わせだが、オレだけはしつこくゲームを作るのは難しいと言い続けた。その対策としてチームビルディングを提案した。これには二人も賛同してくれたのでチームビルディングのお作法にのっとってアジェンダを構築している。アジャイルサムライカイゼン・ジャーニーを参考にインセプションデッキの作成を行う。
プロジェクトコードを『エクリプス』と決めて、なぜこのチームでエクリプスを作らないといけないかという、そもそもの話をする。ゲームで何をつくる? という垂涎の話をしないので、みんなが退屈するのではないかと思ったがお二方とも楽しく参加されているようでほっとする。前回までに「我々はなぜここにいるのか」はできたので、今度は作るべきプロダクトの「エレベーターピッチ」の作成のためのブレインストーミングを行う。河合さんは「想い」を言語化することに長けていて、問いにたいしてさらりさらりと言葉でてくる。行方さんはそれに合わせて自分の思っていることの違いの部分を説明することでうまく議論は回っていく。オレは俯瞰でディスカッションを観測して別の視座があれば議論を転回させより深い結論を探る。
四時間の枠だったが、押してしまい六時間かかる。最後のふりかえりをする。みんな有意義な時間だったというコメントにはありがたい。二人の熱い思いが伝わるが一方で、オレはそこまでの熱がどうしても出ない。去人たちを非理性で作った一方で、理屈で良い物をつくろうとしたときには、それがどのように評価されるかについて悲観的になってしまう。「あの熱狂」を知ってしまったためにきっと壊れた部分もある。オレたちが正しく作ろうというは良いことに間違いないのに。