kowさんは天ざる大好き

創作に絶望すると、世界が反転した日記

5月25日(月)

午前二時。昨日の気絶するような早寝をして薬も飲み忘れて厄介な時間に目覚める。吐き気がある。オーバーワークと薬やストレスの影響で胃がやられたか。いままではなかったのだけど、14歳も終盤となればいつまでもタフでいられるわけではないか。なんとかもう一度寝ようと努力してみるが当たり前のように無関係な観念が頭をかすめて寝むれない。四時半になると夜が明ける。重い頭、ざらざらとした小さな音で頭をかすめる謎の思考と声、毛布はオレに二百キロの加重をかけてのしかかる、ぴくりとも起き上がれない。横に滑るように布団をでると緊急対処方針にしたがってオレを補正する。がぶがぶと頭を揺すって軽く脳しんとう状態にして意識を飛ばす、そして早起きしてすばらしい日々がはじまったのだと自分の思考をすり替える。思考の万引き法と読んでいるこの窃盗は実にスマートに不都合な真実を抑圧してくれる。そして抑圧とは大いなる助走である。
思考が回収されるまえに大浴場で風呂につかり思考を固定する。思考を物理世界のルールにバインドさせることでより強固な現実にすることができる。ここではすがすがしい朝と適合する朝風呂という物理世界にバインドする。早朝にもかかわらず先客がおり、お互い小さくあいさつをする。
風呂から出ると胃のむかつきをこらえながら、朝の儀式をやってしまう。洗濯、掃除。最後に苦手な洗い物がのこる。オレはなぜ皿洗いが嫌いなのか? 時間がかかるからか? 時間をはかってやろう。昨日のたまった洗い物を片すのに六分あまり。五分以内に終わるものはTODOリストに追加せず、気づいたときにすぐにやってしまう、という自分ルールのちょうど閾値。しかし、心理的抵抗感を含めてもこんなものは気づいたときにやってしまうことだ。計測したことで対処方針が明確にできた。明日からは勇気を持って皿洗いに挑めるだろう。

家事が一通り終わるとコーヒーを飲む。飲みたくないが儀式である。胃がむかむかするのに飲むコーヒーはかなり重たい。だが良い朝とは薫り高いコーヒーもまた必要なのだ。そしてだからオレも健康なのだ。
コーヒーを飲みながらネットニュースを見ている。あらゆるものが気が滅入る。あずまんは難しいことを言っているが、なんとなく良さそうなこと、まともそうなことを言っている。宮台の記事は社会を科学していて面白いしクソ汚いことばを使ってわかりやすい記事を書いている。ひろゆきが身も蓋もない正論をいいながら、オレはコーヒーをすすってどうでもいいと思考から追いやってしまう。ネットの中には異邦人たちであふれている。想像しうるありとあらゆる奇想天外な出来事が実際に存在し、その理由は突き詰めれば太陽のせい。気が狂いそうだ。SNS からしばらく距離を取ろう。

復職にむけた自己トレーニングの一環で九時過ぎからは執筆作業をする。クソつまらない小説を書いてみたい。オレは死ぬまでにオレが作者名になった本を書いて国会図書館に納品するのが夢なのだ。この雑なブログもいずれはその踏み台になったとして誇れるものになってほしい。

十時過ぎ、NTTの下請け業者から電話がかかってくる。予定していたインターネット工事にくるらしい。申込から一ヶ月。やっと wifi 読電波で脳内神経をオーバーロードして見えないモノを見てしまう環境を手に入れられる。うちのルーターの2.4GHz帯からは世界を救うように命令され、5GHz帯からはオレを裏切った人々を殺せと命じてくる。ルーター殺人教唆の罪で断罪すべきである。でもその声はなぜか抗うのがむずかしい。
作業服をきた寝癖がついたままのお兄さん。あいさつをしたが、へぇ、みたい小さく頭を下げただけだ。前日、深酒でもしたのかもしれない。あーまー良い感じにやりますね、というそっけない対応。実はこのぐらいのほうが助かったりする。こちらふとんとごろんとしてドラクエウォークをやっていてもお互い気にならない。人の目を気にはしたくないものだ……
数十分で設定は終わる。「サインをください」とだけいう。たぶん、職務上本当はもっと言うことがありそうである。施工内容や工事費の内訳や回線速度、設定について。だけど、ここはコミュ障同士のある意味の密なコミュニケーションが言葉を交わさずに完了している。紳士協定とでもいうべきか。「あざーす」とくだけたあいさつで扉をでていく。オレは「ツカレース」とくだけた言葉で送り出す。社会人としてはNGだが、オレの中では最高のエンジニアが工事にきてくれた。
とはいえ、すぐ不安になって固定回線を確認する。100Mbps光回線が我文町にきているだけでも驚き。ベストエフォートでどんだけでるのか。マンションタイプなのでベストエフォートが顕著だ。一発目は30Mbpsに到達せず。あーまーこの程度か。今のところインターネットに転送する量は少ない。開発がはじまれば private ネットワークは帯域ほしいかもしれないが 1GBps で十分だ。

回線が安定したので、滞っていたスマホアップデートやら、Windows Updateかます。そして引き続き執筆作業をする。お昼になると胃もおちついてきて空腹を感じる。冷蔵庫にある生野菜とゆで卵、ささみチキンで冷やし中華をつくる。全日本冷し中華愛好会会員としてもこの時期、一日一回は食べておきたい。実は我文町にきたばかりのときにハイパーマートにいったとき冷やし中華が売っていなくて愕然とした記憶がある。やっとでてきてくれたという感じではある。オレは和がらしもマヨネーズもたっぷり派のマイノリティであるが、またこれが絶品である。雑に作ってもうまい。あと半年はこのペースで食べていくぞと決心する。

午後は名破まごころ癲狂院での食木崎先生の診察がある。偽装した元気はまだ前面にいて闇を覆っている。せっかく出かけるのであるから半袖半ズボンにする。薄曇りだが日焼け止めは付ける。ビタミンDを生成するにしてもお肌のブツブツがひどくなってきた。紫外線アレルギーじゃん。例によって二つの小高い山を越えて病院につく。検温をする。また34.8℃。運動後の手足が冷たくなる病気と汗と、冷え冷え。待つこと二十分ほど、名前が呼ばれる。第二診察室。よろしくどうぞの攻防が一分以上かかったような気がする。オレが着席するまでに一体なんど椅子を勧められたかも覚えていない。目を合わせないことが前提にあり、そのために使える仕草を多用し、着席してやっとちらりと食木崎先生の目をのぞくことがきた。オレはぎゅっと背筋を伸ばした。相手はこちらが目を合わせるのを待ちに待っていたのである、どうこうが「こんにちは!」とあいさつを迫ってくるものだからオレは絶句してしまう。
診察は30分程度。薬物療法がメインのクリニックにくらべれば破格の対応である。まずはきっかけを食木崎先生がつくる。
「前回の診察以降、どうでしたかね?」
個人的な総評では60点。引っ越しのタスクがなくなって空虚感が増大した。休職期間が長くなってきた、現場の感覚や同僚との関係に不安を感じる。病気のさらなる再燃が怖い。不安である。
「会社が病休に対する理解があるので復職プログラムについては協力は求められるでしょう。そこは安心してよいと思います」
たしかにウチの会社はその辺はなんだかしっかりしてくれている。なにせ、オレがいま首になっていない。
「こちらに引っ越してきてどうでした?」
オレの脳みそが変な状態になっている。今ある脳みそをつかう。
「毎日がすばらしい日々です」
大都市は嘘だと言えた。ここは嘘はすくないけど、自分がそこに歩み寄っていかなければ無意味。それか妄想で制圧するしかない。妄想ですよ先生、生きるために必要なのは。
「夜になれば月も綺麗だし、南十字星もね、本当にこっちに越してきて正解でした」
この話は終了と決意する。食木崎先生をみて、口をきゅっと結ぶ。ボールはアナタだ。
「我文の周りはだいぶ歩かれました?」
「ええ、お休みの間に気分転換に。西の海沿いからはキリマンジャロも見えますし」
「海はいいらしいですよ。すべて源なのでヒーリング効果があるそうです」
「伊花多ヶ浜も近くて、一度いって波音を聞きながら読書したりしてました」
「それはよいですねえ」
オレがギリギリの回答をしているのに食木崎先生は視線をまっすぐこちらにむけたままだ。考えているときさえ、視線をはずさない。
「なにか宗教とかは信仰していますか?」
変な質問がくる。正直に答える。
「だましてくる宗教がなくて困っている。宗教にでも縋りたいです」
表情はかわらない。
「そんなことより、六月から復職の判断ですが、復職ということでいいんでしょうか?」
「よいでしょう」
「わかりました」
なんとなくオレが復職したいのとを知っていたみたいだった。ただ、それを後押しして支援するのが自分の役目とでもいわんばかりに見える。思い込みか?
「復職のプログラムについては公務員に適用するプログラムがあって、厚生労働省からでているはずです。もし、会社で経験がないようであればそちらを案内してください」
オレが勝手にやった復職へのアプローチを全面的に肯定して、復職しようとする気持ちを後押しした、という形で診察は終わりである。転移も逆転移もない、クリーンな診察。

処方箋を書いてもらって癲狂院をでる。ネット受付可能な薬局をさがしてそこへ処方箋をオンライン送信する。待つのは嫌いだ。いやいっていみると、お薬の在庫がないとのことで、後日きてくださいとのこと。この対応は何度もであっているので驚かない。また入荷したらとりにくることにして、在庫のある薬はうけとり帰宅する。

もう日が暮れかかっている。汗を流そうと風呂に行く。するとマンション管理人の磯谷さんがいる。極度の近視なので本当は誰かもわからなかったのだけど、後述のとおり話しかけられてやっと気がついたのだ。オレが身体を洗っていると磯谷さんがとなりにきて話しかけてきた。社交性という例のMPを使うスキルを発動する時間になってしまった。なんということだ。
「こっちにきてどうですか?」
「いやー、いいですねー。山も海も。道も良いですし」
「mont-bell好きなんでしょ? ぼくもmont-bell派なんでうれしいよお。なんかアウトドアやるの?」
やっべ、mont-bellしかしらないから買ってるブランドだけどそこ見られてたか。
「あー、やっぱ海ですし、マリンスポーツ始めたいなーと思うんですが、素人だからどうしたらいんだろうって」
「シーカヤックなんてどうよ。ボクもやっていたんだけど、よかったよ。今はやめちゃったけどね、年だしね。女縄市には有名なインストラクターもいるよ。我文にも教室あって、そこのかたも有名なんで調べてみるといいよ、釣りはどう? 釣りはやるの?」
「釣りもやりたいんですけどねえ」
オレはニコニコして答える。それ以外にやりようがない。都会から田舎に越してたきた系の小賢しいタイプの人間だと思われたようだ。これはこれでよい気に入られ方だ。これは継続しよう。自然を自然と感じて有り難がっている人、それが都会人ですから。話を聞くとどうやら磯谷さんも中央から地方への移住組であるとのこと。納得である。磯谷さんは先に風呂をあがる。
磯谷さんのトークから脱出できず、湯舟に使っていたオレも一緒にでようとしたが、もはやクラクラしていて、磯谷さんの会話に相づちを打つことすら難儀する状態だ。浴槽の縁に腰掛けて磯谷さんが出て行くのを待つ。ぜーはーいいながら風呂をあがり、脱衣所の扇風機を全開ににしてあーーーーーー攻撃。あーづーいー。汗が引くのをまって脱衣所で休憩。階段で自室に戻りアイス「爽」をたべる。うまし。

冷凍のお惣菜を温め夕飯を食べる。お酒を飲みながら、執筆する。
休職も終わり。希望と不安がない交ぜ。BGMに流れる Cocco の曲が力強い。