何でもない一日が始まる。やはり酒の量がコントロールできていない。二日酔い以前に悪心がひどい。意識を飛ばしたいならストロング系にしたほうが良いかもしれない。良くないが。スヌーズとの戦いは一時間あまり。罪悪感の限界まで引っ張る。仕事の準備をしなければ。あやが呆れたようにいう。本当にひどい顔、散歩でもしてきたほうがいい。ときどき、的確なアドバイスをしてくれる。なんか恥ずかしくてオレは黙る。定番ルーティン、洗い物を済ませるとあとはすんなりと提携作業は完了する。
勤務開始期限までには一時間たらず。あやのアドバイスどおり散歩にでかける。飛面川の堤防沿いを十五分ほど散歩する。なにもかもが自然でそのままで色がない。良くも悪くもなく、そのようにそれらがある。オレは数センチ浮遊してその世界とは微妙にずれており設置していない未来型の猫型ロボットっぽい。チョットしたズレなのだけれども。
勤務を開始する。チャンネルの未読を消化する。たいしたことは何も起こっていない。ボットがやりとりしているようなシンプルな会話とついていけない高度に技術的やりとりとエラーログとユーザー要望と。さっと読み飛ばして未読をゼロにする。休職中のリリース差分を追う。批評的なコードリーディングをしたくなるがやめる。いまは飲み込む。そこに思考リソースをさくと気絶しそう。思考リソースは有限である。いまどうしようもないなら現状理解にとどめたほうがよい。動いているのなら良い。良くないけど。部屋で独り言いい、チャンネルにポエムを投稿しつつコードを読んでいたら、自分の頭がおかしくなってきたような気がする。吐き気がする。休憩をする。観察する。少し胸が苦しいか。かといってどうしようもないしな。作業に戻るが集中できない。
早めにお昼をとる。ルクエでふかふかにした冷凍ブロッコリーをぶっかけたボンゴレビアンコ。レトルト生活のなかでも贅沢品である。さらに即席のコンソメスープをつける。食欲が薄いがゆっくり食べきる。
午後もリリース差分を読む。ひとつビッグバンリリースされている。コロナ禍の対策の一環としてアイソレーションタンクデバイスの状態と連動したチュートリアルとビデオ通話から使用までを案内する専用モバイルアプリにむけた Web API の新規リリース。いままでにはなかったアイソレーションタンクの管理オペレーターとのビデオ通話機能も追加されている。プロジェクト憲章のドキュメントをみる。アイソレーションタンクの利用ユーザーはヘルスケアへの関心がたかく感染症へのリスクを減らしたいと考えている。アイソレーションタンクという物理デバイスを使い回すので対策を強化するスタンスはビジネス上大事である、というストーリー。まあ、そうだね。でも実効性あるのだろうか。やらないよりはいいか。アイソレーションタンクのデバイスステータスはこれまでもとっていたが、さらに詳細な情報をとれるようになっている。組み込みエンジニアが特急でファームウェアをバージョンアップさせていた。組み込みには天才がいるという噂だがあったことがない。ビデオ通話についてはサードパーティーが提供するSaaSを利用する。ソースコードからだとシーケンスがみえにくい。インターフェース層が一貫していないので推測で追うのが難しい。シーケンス図でもあればいいのだがドキュメントにはない。自分の今後メンテする可能性がある箇所なので、ポエムのなかで助けを求める。あとオレひとりだけ入っているビデオ会議の URL をはっておく。だれかきたらいいな。すると、UI チームの奇才アオさんが入ってきてくれる。サーバーサイドの人じゃないのか。けど奇才アオさん、フルスタックエンジニア、最強である。おやつのカールをたべてたので、雑に相談にのれたらいいなあと、というゆるいスタンス。お菓子いいな。アオさんはフロント視点からシンプルに仕組みを説明してくれる。サーバーの実装はわからんけど、通話のための通信路作成を依頼してそのIDでやりとりしてるだけ。今回対応したWeb API 名で検索すると容易に想像つくっしょ、しらんけど、という難しく考えるな、物事はシンプルだと言わんばかりの回答。さくっと次にやればよいところが見えたので雑談する。アオさんは最近なにしてはるんですかときくと、次世代プラットフォームのセプトアギンタプロジェクトにフロント観点にかり出されたとのこと。フロントのことを一人で? そーなんだよねーと困ったよう。たぶん一人でできるスキルの持ち主だけど天才一人はよくない。いかにも発展性がない組織だ。ミドルエンジニア以上をスキルアップと未来の属人性低減のためにいれないとまずい。そのへんの話をすると、まあ、でも人が足りないから、業務委託のかたは来てくれるとのこと。次世代のコアとなる技術ををそんなんでいいんかいな……
正味、一時間ぐらい雑談をする。頭痛がする。事務作業を終わらせて定時に退勤する。
身体が重い。いつもよりは強い倦怠感。身体的にしっかり休めているはず。休職に至る道筋の初期症状を彷彿とさせる。ふとんに横になる。眠くはないが、身体は楽になる。意識を飛ばしたい。目をつぶる。
目を開けると二十一時。胃がよくない。左側頭部に細い頭痛。風呂にはいる。頭、首、肩が一体化したような感覚。重い。そして頭の中もどうもおかしい。空転という言葉で表現するのが率直ではあるが、その実態が異様。衝撃的なチャットメッセージ、言葉が断続的に頭のなかで内言語で繰り返される状態、またはそれらがバラバラに鳴って特徴のある単語だけが頭の中で泡のように発生しつづけパニックになるパターン。これらは今までにも何度もあった。だが今日は言葉にならない空転が続いている。言葉で世界を捉えることで安定した世界にいることができる。でも世界はただそこにそのようにあるもので言葉で分解できるようなものではない。言葉に対応づけられないイメージによって頭がいっぱいになってあふれている。目と口と鼻からそれらがあふれだしている。ドーナツの穴を大量に食わされているような苦痛。座禅を組んでみる。手が震えている。型にこだわらない。手はだらっと足らす。呼吸に集中する。ドーナツの穴がオレの胸を苦しくさせる。大きく息を吸い、吐く。視覚情報がなにかドーナツの穴を生み出している。目も閉じる。少しだけ安定する。五分ほど座禅する。ドーナツの穴には抗えない。だが少しだけ余裕ができた。
風呂をあがって、お酒を飲む。意志力はもう枯渇した。記憶を飛ばす方向で。POM ポンスパークリング 410ml ×24本 と安白ワインでなんちゃってカクテル、ミモザをつくる。ワインを少なくすればアルコール度数もへらせ身体にもやさしい。執筆作業を少しする。世界のゴミを排出する。
薬を飲んで寝る。